二重螺旋の夏の夜
エール
「神様仏様お兄様!」

神崎ちゃんのあとに続いてバスを降りると、少し離れて立っていた桜が駆け寄ってきた。

「間に合ったか、よかったー」

「もうお金ないしケータイも充電切れそうだし、本気で野宿になるかと思ったー!」

桜が寝室に忘れていった財布を手渡すと、心底ほっとしたような顔をして笑った。

『どうしよう、財布忘れた!切符もその中!今から取りに帰ってたら間に合わない!どうしよう!』

桜からのメールを思い出して、俺自身にも一気に安堵の気持ちが襲ってくる。

やっとの思いで家に帰るよう説得して、新幹線のチケットまで手配してやった苦労が水の泡になるところだった。

「でも、昼に家を出て、お金もないのに今まで何やってたの」

「図書館で勉強!専門に行くためじゃなくて、入ってからのために今から勉強してるの」

桜はちょっと得意そうにそう答えた。

高校3年のとき、自分はここまで進路について真面目に考えていなかったと思う。

何となく大学に行って、それからやりたいことを見つければいいんじゃないか、そんなぼんやりとした風にしか未来を描けていなかった。



桜はデザイン系の仕事に就くために専門学校に進学するつもりでいて、親は夏休みに入ってすぐの三者面談で初めてそれを知ったらしい。

そしてその日の内に喧嘩して家を飛び出して、はるばる遠い俺の家に転がり込んできたのが約10日前のことだった。

確かに職人気質が問われそうなデザインの仕事は桜に向いてそうだが、不安定な職業だと聞くし、親が心配して反対するのは当然だろう。

実力が必要な世界だろうから、軽い気持ちで言っているのなら挫折するのは目に見えている。

それでも『やりたい』と強く思ってるなら、親も応援するつもりなんだと思う。
だいたい桜は昔から頑固で、やると決めたことは努力したりなんとか工夫を凝らしたりして、いつもやり遂げてきた。
親に反対されて家出するくらい決意が固いんだったら、何回も話して説き伏せるくらいのことできるだろうに、と思う。
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