グッバイ・メロディー
「おまえはな、全部“させてもらってる”立場の人間なんだよ」
スマホに目を落としたままのヒロくんの顔、前髪がカーテンみたいに隠してしまっているせいで、よく見えない。
「親に食わせてもらって、学校に行かせてもらってんだよ。バンドだって洸介にやらせてもらえてるだけだ。いま、寛人ひとりで成り立ってることなんかひとつもねえよ。オレだって、そうだ」
アキくんのまわりにいつもたくさんの人が集まってくる理由、これまでなんとなくの感覚でしかなかったそれが、いま本当の意味でわかった気がする。
きっといつも、自分以外の誰かの温度を感じながら生きている人だ。
差し伸べられた手を大切にできる人。
そして誰かに、同じように手を差し伸べられる人。
ちゃんと伝わってくる。
アキくんは、弟のことが気に入らないから怒っているんじゃない。
ヒロくんのことを本当に大事に思っているから、こんなにも本気で叱るんだ。
「勘違いしてんなよ。自己主張はやることやってからにしろ」
なぜか兄のほうがとても傷ついたような顔をするの。
アキくんくらいまっすぐだと、自分も同じ痛みを伴いながらじゃなければ、誰かと真っ向からぶつかることなんてできないのかもしれない。
「高校くらいはマジでちゃんと行っとけ。おまえは、オレと違って頭もいいんだから」
弟はいつもの仏頂面のまま、なにも言わなかった。
言えないんだって思った。
だけどヒロくんはきっと、アキくんの言葉を自分の内側にちゃんと迎え入れて、咀嚼して、たくさんのことを考えながら、自分なりの答えを出せる男の子だ。
みんな知っている。
みんな、いちばん大切な末っ子が見つけた答えなら、どんな形であっても信じてくれるはず。