恋するドライブ
 至極まっとうな指摘を受け、菜々美は笑ってごまかした。

「あってると思う、多分」

 江端はスマートフォンを操作し、小さくうなった。

「現在地が把握できないな……」
「そろそろ知ってる道に出ると思うの」
「……ここ、知らない道なんですか」

 都内のレンタカー営業所を出発したのが午前十一時。
 カーステレオから流れる音楽は早々に切った。高速道路のSAに寄って、きつねそばを食べた後、カップルが連れたコーギー犬に話しかけ——
 県境を越えて故郷に近づいてから、もうずいぶん走っていた。会話は徐々に途切れがちになり、江端が心配するのももっともだと思う。
 お腹も減ってきた。座って運転しているだけなのにお腹が空くのは不思議だ。
 日が傾いている。西日がまぶしい。どこまで行っても見覚えがあるようなないような、あやふやな印象の景色が続く。
 菜々美は右にハンドルを切った。
 脇道に入ってから気づく。華麗なるショートカットと修正を試みるつもりが、どうやら思いもよらぬ道に入ってしまった。タイヤが細かな砂利をピシピシとはじき飛ばす。舗装も整っていない細い悪道だった。
 カーナビの画面を見れば、今や車は山の中、道なき道を突き進んでいる。

 春の終わりに、江端とつき合い始めた。
 恋をするのも何年ぶりかという長いブランクから明けて彼氏ができたわけで、毎朝目を覚ましては、よかった、夢じゃなかったんだとわかって陶然とする。
 江端と想いが通じ、「一緒にいようね」と見つめ合った会社屋上での瞬間を思い返し、布団の中でにやけてしまう。自分に都合よく脚色してねつ造したのではないかと心配になるほど、記憶のレコードは薔薇色に染まっている。「僕も好きなので」と告白してくれた江端の声を何度も再生し、しびれるような幸せにひたる。
 会社では二人の関係は秘密だ。業務上の接点が少ないおかげで、今のところ社員の誰にも社内恋愛はばれていないと思う。誰に知られてもかまわないと江端が言っても、告知するタイミングはちゃんと計りたい。
< 2 / 6 >

この作品をシェア

pagetop