恋するドライブ
 交際を伏せていると、どきどきも二倍になる。社内で偶然、あるいは落ち合って江端に会うときめきと、もし皆にひやかされたらと恐れるスリル。高まる鼓動はやみつきになる。
 デートはもっぱら、ひとり暮らしの菜々美の部屋に江端が遊びにくる形で、甘い時間はしばしば菜々美の妹の早百合の襲撃によって邪魔される。
 つき合っているとはいうものの、まだ江端について知らない部分は多い。話しても話しても話し足りないし、別れた途端に会いたくなる。
 どうすれば落ち着いてふたりきりになれるんだろう。
 悩んだ挙句のドライブデートだった。誰にも邪魔されない密室で数時間を過ごせば、今まで見えなかった素敵な面をお互いに知ることができるはずだ。
 実家訪問は、つき合い始めたふたりにとって大きなイベントでもある。
 おつき合いをしています、と親に宣言するのは恥ずかしいけれど、こんなに素敵な恋人ができたのだと自慢したい気持ちも確かに胸の中にうずいている。
 でもひとりのときと同じように電車で駅まで行って、親に連絡して迎えにきてもらえばよかったかな——と後悔し始めたところで、江端が言った。

「電波弱いな。ほとんど圏外か」

 実家の周辺は携帯電話が通じるはずだ。つまり街から遠ざかっている。
 ますます道幅は狭くなってきた。空を覆う灰色の雲は菜々美の不安をあおる。
 どうしよう——気持ちは焦るばかりで、もう意地になってアクセルを踏み続けている。こんなのは自分らしくない。でも止められない。

「引き返しましょう。元の道に戻った方がいい」
「大丈夫。ここ方向転換できる幅もないし」
「バック苦手なら、運転代わりますよ」
「いいから、江端くんは黙ってて。気が散る」

 慎重なのが自分のとりえで、安全な場所が好きで。自分を守って生きてきた。傷つきたくなくて。
 恋なんてできなくてもいいと思っていた。
 江端と出会って、臆病な自分を抜け出せた。江端がただの後輩から特別な男の子に変わった瞬間を忘れない。これから年を取っても、新しい一歩を踏み出した自分の勇気をほめてあげたいと思う。
 サイドミラーが枝をこすり、菜々美はびくっとした。
 目の前に水滴が落ちる——雨だ。ぽつぽつとフロントガラスにぶつかる滴は、不規則な模様を描いて流れてゆく。
 菜々美は黙ってワイパーを動かした。
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