手の届く距離
9cm
川原健太:喫茶店で答え合わせ
逃走劇を見られた俺は、深夜に晴香さんからの電話にびっくりしたところを、手練手管で追及され、気がついたらうっかり一日の事件も、ここ最近のしつこい連絡があったことを打ち明けさせられていた。
おかげで寝不足だし、あのタイミングでで掛かって来たのは、絶対に祥子さんのせいだと思って、さすがに抗議の電話をした。
電話することを予想していたようで、勢いよく謝られたため、出鼻をくじかれた形になったけれど。
祥子さんの授業が終わったら喫茶店での集合を通告されたが、晴香さんから尾ひれをつけて祥子さんに話されたくなければ来いという脅迫付きで拒否権はなかった。
これから会うのは美人現役女子大生2人なのだ。
本当なら幸せをかみ締められるシチュエーションなのに、全く乗り気になれない自分の疲れ具合を痛感する。
しばらく女という女から少し距離を置きたいと思うほどに。
約束の時間ぎりぎりに待ち合わせの喫茶店に着いて、二人の姿を見ても、ほら・・・って、一番乗り?
乗り気でないと思っているのは自分だけで、実は誰よりも早く来てしまうほど乗り気なのか?
後から2人来ることを伝えて席に案内してもらう。
マナーモード状態の携帯を見ると、うんざりするくらい大量の由香里からのメールと、約束の時間に間に合わないという祥子さんからのメールが1通。
衝撃の別れの後は、腹立たしさと自分の不甲斐なさで名前も見たくないくらいだった。
それなのに、今まで返事が遅かったのが嘘みたいにメールも電話も送られてくる。
着信拒否して、メールも無視。
それでも、懲りずに続けてくるのだ。
由香里からの申し出で別れた上に、浮気までされていたというのに。
携帯を壊したくなる。
由香里を知る人に現状を伝えては、由香里の立場や関係を悪くしそうで言いづらい。
仕方なく、由香里に関わりのない大学の友人に相談をしたら『リア充爆発しろ』と言って逃げ出された。
どこが『リア』ルに『充』実なんだよ。
しかも、爆発して撃沈してるじゃないか。
助けを求めているというのに、おにぎりの恩を無にしやがって、友達ガイのないヤツめ。
それでも、今日の由香里は午後から静かなようだ。
正直、異常な事態に胃が痛くてまともに食欲も湧かない。
昼と夜は家にいないので誤魔化せても、寝起きがいいはずの俺が寝坊を理由にして朝ご飯を抜くということを3日も続けると、大学で食べれるようにおにぎりを作られてしまった。
こんな思いをしなきゃならないほど、由香里にひどいことしたか?
今の状態がその仕打ち?
メニューを開いても、何一つ魅力的に感じるものがない。
普段なら頼むはずのコーヒーも、飲んだら胃の痛みを増強させそうで避ける。
コーヒーの味がわからなくなるという理由で普段は頼まないカフェオレを頼む。
特別コーヒーが好きなわけではない。
正直なところ、語れるほど味がわかるわけでもない。
格好つけているだけ。
今はそんな余裕もない。
机に体を伏せて携帯を確認するが、誰からの連絡もない。
久しぶりの新着なし。
夜は諦めて電源を落としているが、今は待ち合わせをしているので電源を切るわけにもいかない。
寝ているはずなのに熟睡感のない眠りで、授業もうとうとしてしまう。
こうして静かに座っていると目蓋が落ちてくる。
「ちょっとぉ」