この恋、永遠に。
第三章

知られた事実

 高科さんとの食事の帰りに柊二さんを見かけてから数日。私はいっこうに浮上できないでいた。
 彼に連絡して問い詰めることも出来なければ、彼からかかってきた電話に出ることも出来ないでいる。逃げていては駄目だということくらい、分かっているはずなのに、行動が伴わない。

 もしかしたら、あのときの女性は全然関係ないのかもしれない。私が高科さんと食事に行ったように、不安になるような材料はないのかもしれない。それでも、もしかしたら、というネガティブな思考が私を苛む。
 それぐらいあの女性は柊二さんにお似合いに見えた。堂々として自分に自信がある人はきっとそれだけ魅力的に映るだろう。だって、彼がそうだから。

「渡辺さん、帰る前にこれを総務に出しておいてくれないかな」

 一日の仕事を終え帰り支度を始めた私に、関根さんが備品購入申請書を持って来た。

「はい、分かりました。着替えてからでもいいですか?」

「ああ、構わないよ。帰り際に総務の決済箱に入れておいてくれるだけでいいから」

「はい」

 私は関根さんから一枚の書類を受け取ると、着替えるために更衣室へと向かう。
 資材部の事務関係は総務部の一部として処理されていく。この物品購入費も総務の経費として申請し、処理されるのだ。

 着替えを済ませた私がスマホを確認すると、着信が二件あった。一つは孝くん。もう一つは柊二さんからの着信だった。孝くんからの着信はお昼休み中の十二時半頃に。柊二さんの着信は十四時過ぎに入っていた。
 あの夜、知らない女性と街を歩く柊二さんを見かけてから、彼からの電話を避けてしまっている。私から折り返すこともしていないので、そろそろ彼が不審がる頃だ。もしかしたら、連絡を寄越さない私に愛想を尽かしてしまうかもしれない。連絡をしなければ、と思うのに怖くてそれができないでいる。誰もいない更衣室に大きな溜息が響いた。

 私はスマホをバッグにしまうと総務部に向かった。総務は受付ロビーを挟んで資材部とは反対側の一階奥にある。決裁箱は総務のドアを開けたすぐ脇にあるから、そこにこの書類を入れておくだけでいい。
 総務部の前まで来たところで、急にドアが内側から開いた。

「きゃっ……」

「あ、ごめん!」

 頭をぶつけそうになり思わず小さな叫び声をあげてしまったところで、聞き覚えのある声がした。

「あれ、渡辺さん?」

「高科さん…」

 総務から出てきたのは高科さんだった。できれば今は会いたくなかった。

「どうしたの?あ、決済回すの?」

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