溺れる恋は藁をも掴む

カルアミルクとビール

 あんな事があったけど、私は誠治さんの彼女になれたと思っていた。

 誠治さんの仕事が落ち着いた週末に、デートしたんだ。

 約束通り、観覧車のある葛西臨海水族園に出掛けた。

 マグロの泳ぐ大きな水槽を見て、あなたは喜んでいた。

 「マグロの群泳ってさ、マグロ達のルールみたいなもんなのかな?

 人間みたいに、人に合わせて生きていく、難しさなんて考えたりもしないで、自然の法則みたいなものに従ってるとか………
 それとも、別に何にも考えないで、ただ泳いでいる?」

 「………うーん、どうかな?」

 「もっと勉強してから来るべきだったな?
本来なら、海の中でもっと自由に泳ぐはずなのに、水槽という枠の中で、人間の観賞用として命を全うする。

 自然の中にいるより、危険も少なくて、餌も与えられたとしてもさ………

 生き方そのものを人間が奪ってしまっている。

 そう考えると、人間はエゴの塊だね。

 それでも、この姿を見たくて訪れるし、デートコースにもしちゃうんだからさ………」


「……そんな風に考えた事ありませんでした」


 「あっ、俺も今、漠然に思っただけ!

 今度生まれ変わるなら、せかせかサラリーマンなんてしないで、海洋学の研究なんかしてみたいね……

 海に宿る生物達の謎なんかを追求したりさ!」

 「誠治さんに似合いますよ!
 ……私は今度生まれ変わるなら、スタイルのいい女になりたいな……

 思い切り、大それた夢を語るなら、パリコレモデルとか?

 有名なデザイナーの洋服を格好良く着こなすの。

 それでいて美人で注目を世界から浴びたり…

 なんてね……」

 「パリコレモデルと海洋学博士か!」

 私達は顔を見合わせ笑った。



 もし、生まれ変わりがあるのなら、今度はスタイル抜群で綺麗な女に生まれたかった。


 あなたと恋をしても、自信を持ちたかったからよ。


 そんな誠治さんは、枠の中を飛び出したい魚だったんじゃないの?


 あなたは水槽を眺めながら、表面では楽しそうな顔を作るけど、心の何処かで境界線を引いてしまい、それをうまく隠そうとしながら、孤独を背負って生きているように見えたわ……

 
 穏やかに語る誠治さんの声も好きよ。

 握った手を離されないように、しがみついていたかった私は‥‥‥

 いつか離されてしまうんじゃないか?
そんな不安を心の何処かで感じていた。

 でも、その不安は、私の勘違いである事を願う……
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