【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

言い渡された期日

 ウィスタリアの犯した罪を謝罪するスカーレットの話は一度や二度ではなく、そのたびブラストが対応に困っていたが、ガーラントの言葉により"行動によって示すことが償いであり、信頼に繋がるのだ"と進むべき道を見出した彼女はしばらく城に姿を見せなくなる。

「スカーレット殿ならば民の手本となる立派な女神となりましょう」

 ガーラントは報告がてらキュリオの執務室を訪れていた。
 そこにはラフな衣装に着替えた王と姫が窓辺におり、窓から流れる穏やかな風に髪を靡かせながら大魔導師の声に耳を傾けている。

「私はもとより彼女に女神の神髄を見ていた。民に慕われることも重要だが……あの者の行動には信念がある」

 初めからスカーレットに女神の志を受け継ぐ者として一番の期待を寄せていたキュリオ。直系の場合、生まれた順番によって長が決まってしまうのがほとんどだが人には向き不向きがあり、本人の意思が伴わなければ次の者へ継がせるのが良いだろうとキュリオは考えている。

「儂もキュリオ様と同じ意見ですじゃ。……しかし、やはり"あの事"を気にしておられる様子。長にはシャルトルーズ殿をと言い出されました」

「……馬鹿馬鹿しい"しきたり"だ」

(<女神>の名を授けた初代の<悠久の王>が聞いたらさぞ落胆されるだろうな……)

 根拠のない"しきたり"に呆れて溜息がでる。
 元を辿ればそんなものが無意味であることに気づくはずなのだが、いつしか女神一族のなかで序列を作る者が出始め、そのころから血筋でありながらも虐げられる者が後を絶たなくなってしまったのだ。
 
 ――そのほとんどが力を持たぬただの人間ばかりの悠久。
 創世の時代、無残にもヴァンパイアに食い殺される悲惨な時代を長く繰り返していたと言われている。その忌々しきヴァンパイアから民を救うため立ち上がったとされる初代<悠久の王>と聖なる力を持ったわずかな女たち。しかし、初代<ヴァンパイアの王>が千年王にも匹敵する圧倒的な力を誇示していたことから、悠久の民の犠牲者は相当な数であるとされ、真っ先にターゲットとなってしまったのが力を持った女たちだったという。

 こうした理由から<女神>という名は、民を救いたいと願う王の傍ら自らの命を投げうって戦った彼女らへ敬意と哀悼を表して与えたものが始まりである。

(それがいつからか権力の象徴になっている。嘆かわしいことだ……)

 与えたのが王ならば、剥奪する権利も王が有している。ウィスタリアのような愚行に及ぶ者は稀であったとしても、品位や志を忘れた者たちが蔓延している今の女神一族に温情など不要だとキュリオは考えている。しかし、その度にスカーレットのような真っ当な者が現れては、かつての気高さを取り戻すかもしれない……というわずかな期待がないわけでもない。

「スカーレット殿があの事について改革を起こそうとすれば、己の保身のためと責められかねませぬ」

「独り歩きした一族の"しきたり"に私は口を出すつもりはない。行動を起こすとすれば……名の剥奪のときのみだ」
 
 スカーレットの立場を案じるガーラントだが、王の与えた名に勝手なルールを作った一族にキュリオは嫌気がさしており、ウィスタリアの一件からはいっそ剥奪しまえばいいとさえ思っているほどだった。

「……んぅ……」

 キュリオが難しい顔をしていたからだろうか? 顔を上げたアオイは彼の胸元で不満げな声をもらした。そんな彼女をあやすように頬を撫でながらガーラントを振り返る。

「……私はアオイが危険に晒されることを何よりも恐れている。
その初手をウィスタリアが引き起こしたことで<女神>の名を見直すきっかけとなったのは事実だ。万が一、スカーレットが長を退くまでに事態を好転させられなければ私の代で動く」

 王の口から期日が言い渡された以上、ガーラントはそのことを彼女へ伝えなくてはならない。それだけ女神に対する期待値が低く、一刻を争うということになるが……逆を言えばスカーレット以外に望みをかけられる人物が他に現れないであろうことを示唆しており、キュリオが彼女に期待しているという表れでもある。

「キュリオ様の仰せのままに……」

(……ウィスタリア殿を補佐する立場から一転、長へと引き上げられたスカーレット殿には些か荷が重い。まずは<女神>一族が問題を起こさぬよう、行動に気をつけさせねばならんな……)

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