【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

キュリオが習慣づけたいこと

自身の背にぴったりと密着しているキュリオの声が優しく囁いた。うなじにあたたかな吐息を感じることから、彼がアオイのそこに顔を埋めているのだとわかる。キュリオにゆるりと握られた感触にアオイはエクシスを重ねる。

 (……エクシス、さま……)

  アオイが別の青年を想っていたこの時、彼女の赤子らしいあたたかで甘い匂いを夢見心地で体内へと取り込んでいたキュリオ。手の中に納まってしまうほどに小さなアオイの手を抱きながらシーツの中へと導いていく。

 (今日のアオイはほとんど眠っていない……)

 まだまだ赤子のアオイが昼寝をしたがらないのは賑やかな環境にいるせいだと思っていたキュリオだが、外の世界とは切り離されたようなこの静かな王の寝室でも睡魔が襲ってこないのは少し気がかりだ。

 「アオイ、眠くなるおまじないをしてあげよう」

 「……?」

 うなじに触れるだけの口づけを落としたキュリオは腕をつき、アオイへと覆いかぶさるように体の向きを変えるとキュリオの背後にはいくつもの柔らかな光が宙を漂う。それらは星々が瞬くように一定のリズムで強弱を繰り返す。アオイはまるでここが地上ではないような感覚に陥るのを感じながら、優しく微笑むキュリオの瞳に見つめられていると徐々に重くなる瞼に抗うことができない。
  エクシスの言葉がアオイの心に深く圧し掛かっていたが、その思考回路さえ甘く包んで奪われるような心地よさだ。

――スー……     
  
 やがて聞こえてきた健やかな寝息に安堵の色を浮かべるキュリオ。
 アオイの傍らで片肘をつきながら愛らしい寝顔を飽きることなく眺めていたキュリオだが、彼女を自然な眠りへと誘う方法はないものかと一国の王の頭を真剣に悩ませた。

 (……運動量が足りないということもあるのだろうか……)

 だが、キュリオのそんな心配を余所に摑まり立ちが出来るようになったアオイの行動範囲は少しずつ広がりをみせ、運動量はみるみる増えていく。だがそれでも――、アオイが眠らない夜は幾度となく繰り返された。


 「――ねんね」

 間近で聞こえる小鳥のさえずりのような愛らしい声にキュリオの五感は一斉に目を覚ます。
 短い単語をほんのすこしだけ話せるようになったアオイの成長は今朝も美しく輝いてキュリオを歓喜させる。

 「…………」

 彼女の反応をもっと知りたくて。キュリオはまだ瞼を開くことなく寝たふりを続ける。

 「へへっ」

 すぐに彼女の笑い声が広がる。そしてその頬にペタペタと触れる瑞々しい赤子の手。
 恐らく自分にそうしてくれるキュリオをまねているのだろうと思われるその行為に、王の口元から笑みがこぼれる。父の微々たる表情の変化を見逃さなかった彼女は喜びの声をあげる。
  
 「おはよう、アオイ」

 ゆっくり開かれた空色の瞳が溺愛してやまない幼いプリンセスの姿を捉える。

 「きゃあっ」

 支えなしでもしっかり座っていられるようになったこの頃。まだ力加減というものを知らないアオイは全力でキュリオの胸元に倒れてくる。

 「おっと……ふふっ」

 赤子の体内時計を無視したようにキュリオと寝起きを共にするアオイ。こうして彼女に起こしてもらえる幸せに胸が躍らない日はない。
  
 「ぅんーっ」

 まるで子猫のように胸元で丸くなっているアオイに最近の日課となっている、とあることをキュリオは今朝も行う。

 「アオイ、目覚めの口付けを――」

 促すように自身の頬を指差したキュリオ。
 その仕草を理解したアオイの瞳が輝いた。

 「……!」

 キュリオがいつもそうしてくれることを言葉と合わせて覚えたアオイは瞳を輝かせて自分の顔をキュリオの頬に押し付ける。
 ふたりの顔が口づけ以上に密着してしまうのをキスと呼べるかどうかはわからないが、キュリオは満足そうに吐息をついてから"ありがとう"と言ってアオイの頬へ口づける。

 この動作を覚えるまでにそんなに時間はかからなかったが、前に一度お腹が空いていたらしいアオイに口づけをせがんだところ――
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