婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
蕩けるくらい溺れるキス
ソファの上で膝を抱えて座っていた私の耳に、玄関からドアが開く音が届いた。
それからほんの少しの間の後、今度はリビングのドアが静かな音を立てて開く。


抱えた膝に額をのせたまま、「お帰りなさい」と一言声を掛ける。
もちろん、返事は期待していない。


それでも樹さんが無言で見下ろしてる気配が気になって、私はそっと顔を上げた。
と同時に、樹さんが私の隣にドスッと勢いよく腰を下ろす。
スプリングが軋み、軽く身体が跳ねるのを感じて、私は反射的に肩を強張らせた。


「なに? 今日はお出迎えなしなんだ?」


樹さんのからかうような声を聞いて、そっと横目を向けた。
その表情は相変わらず涼しげで、私に横顔を向けたままでネクタイを緩めている。


「す、すみません」


慌てて俯きながら謝ると、「別に」と素っ気ない返事が返ってきた。


「そういうの、いらないって言っただろ」


抑揚の感じられない声で言ってから、樹さんは一度立ち上がり、カウンターを回り込んでキッチンに入ると冷蔵庫から缶ビールを取り出して戻ってきた。
その姿をずっと目で追っていた私の隣に再び腰を下ろすと、缶を開けて煽るようにグッと傾ける。


男らしい喉仏が上下するのをジッと見つめていると、小さな息を吐きながら缶を口から離した樹さんが、「見るな」と冷たく言い放った。
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