次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「ごめん、なにか入れて来ようか?」

 手にグラスを抱えたまま、直人に尋ねると、彼は虚を衝かれたような顔になった。

「いや、いい」

 立ち上がりそうになっていた勢いの私を制すると、彼はおもむろに私の手の中にあったグラスを、長い指で支えて持ち上げた。そのまま、なんの躊躇いもなく私と同じようにグラスに口付けて二、三口飲む。

 カランと氷がぶつかる音と上下する喉元を見て、私は金縛りにでもあったかのように耳と目しか機能せず、声を発することはおろか、指先ひとつ動かせなかった。

 そして、彼から私の手元にグラスが戻され、ようやく金縛りは解けた。

「もう少し濃い方がいい」

「淹れてから時間が経ってるから、しょうがないよ」

 いきなりの文句に、つい言い訳じみたことを言ってしまう。しかし私が飲んで、と勧めたわけでもないし、強制した覚えもない。

「それを差し引いても、もう少し濃い方がいい」

「なら、新しいのをちゃんと淹れ直してくるのに」

 それぐらいはなんの手間でもない。約束どおり一緒に映画を観てくれたお礼だと思えば安いものだ。しかし、直人はきっぱりと言い捨てた。

「そこまでじゃない」

「でも、美味しくなかったんでしょ?」

「不味いとは誰も言ってないだろ」

「だからって、人の飲みかけをわざわざ飲まなくても」

 自分で発言してから、勝手にまた自分で意識する羽目になってしまった。あんなこと、彼にとってはなんでもないことなのだ。

 というより、私も十代の若い女子でもないんだから、なにをこんなにもいちいち動揺しているのか。

「晶子は面白いな」

「面白い?」

 いきなり脈絡のないことを言われて私はそのまま返した。今のやり取りのどこが面白かったのか。
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