次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 それは映画に限ったことでもなく、私は元々あまり泣くことがない。仕事であっさりと涙を流せる朋子とは、これまた対極だ。

 最後に泣いたのはいつだったか。そうだ、おばあちゃんが亡くなったときだ。

「だから、少し羨ましい。そんな風に映画を見て純粋に涙できる直人が」

 素直な気持ちで告げたが、直人を見れば、なんともいえない顔をしている。たしかに、とりようによれば、なんだか馬鹿にしているように聞こえなくもない。

 もちろん、そんなつもりは微塵もなかったのだけれど。急いでなにか付け足そうとしたとき、頭の上に温もりを感じた。

「映画を観るうえで、泣くか、泣かないかは、べつに大きな問題じゃないだろ。感じ方は人それぞれなんだから」

 ぶっきらぼうな言葉と、頭にかかる重みに私は目を細めた。これは不器用ながらも、直人なりに励ましてくれているのだ。そう確信をもって言えるぐらいには彼のことは分かっているつもりだった。

 小さく頷くと、喉の渇きを覚えて、机の上のアイスティーに手を伸ばす。そういえば、映画を再生してからまったく手をつけていない。

 コースターを敷いていたから、机に被害はないものの、随分と汗をかいていた。私はそれを軽く拭って、カフェでならストローで上品に飲みたいところだが、家なので、直接グラスに口付けて、喉の渇きを潤す。

 そのことに満足すると、今更ながら、ここには自分の飲み物しかないことに気づいた。一人だけ飲んでいて、あまりにも気が利かなかったことに、慌てる。
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