猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
*窮妻、伯爵を噛む
灯りの下で本をめくっていたグレースの前に、淹れたての香茶が置かれた。

「では、わたしはこれで失礼いたします。――ジム様、こちらへ」

マリの呼ぶ声に、のっそり起き上がった黒猫はゆったりとした足取りでこちらへ向かってくる。この家に来てまた太ったようだ。どうやら使用人たちに気に入られて、屋敷内を徘徊しては、あちらこちらでおこぼれを頂戴しているらしい。

「さあ、参りましょう」

マリに抱きかかえられた彼の鼻筋を撫で「おやすみ」と挨拶するグレースに、目を細め小さく鳴いて応える。マリの元での就寝はここへ嫁いできてから続けられており、今ではすっかり習慣になってしまっていた。

夜も更けたというのに、階下から微かな物音が届く。それの原因を知っているグレースは本を閉じて、隣の部屋の寝台に潜り込んだ。
扉に顔を背け瞼を下ろす。そうしていれば、すぐに夢の世界に旅立てるはずだった。なのに目は冴えるばかりで、耳は勝手に小さな音を拾い続けてしまう。

やがて遠くで扉の開閉の音がし、しばらくしてからもうひとつ、この寝室へと繋がる扉が開かれる。

「また寝たふりですか?懲りない人ですね」

声をかけられ寝台の片側が沈んでも、グレースは頑なに目を開けなかった。ところが不意に耳裏の辺りに気配を感じたと思ったら、続く熱と痛みに堪らず首をひねる。

「なにをするのっ!」

「ほら、やっぱり空寝だった」

寝台に腰掛けたラルドは得意げに目を細め、横になっているグレースを見下ろしていた。

「こんなことをされたら、誰だって起きてしまうわ」

まだ熱の余韻が残る首筋を押さえ抗議するが、平然と言い返される。

「仕事で疲れて帰ってきた夫を出迎えてもくれない新妻へのお仕置きです」

「無理してこんな遅くに帰ってこなくて構わないのよ。以前は王宮に泊まり通しだったそうじゃない」

「それではいつまで経っても子ができませんから。貴女だって一日も早く、義務から解放されたいのでしょう?」

両手を寝台についてグレースを囲むラルドの青い瞳を睨み付けた。

回数を重ね、痛みはもうすでにない。むしろ、身体の中心に起こるなんとも言い難い疼きに罪悪感を覚え、それに意識を支配されることを怖れて、押さえるのに必死なくらいだ。
しかし相反するように、心に感じる痛みは増す一方だった。



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