次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
6、遠い記憶と明かされた過去
ーー適当に養子に出せばいいものを。王宮で暮らさせるなんてね。
ーー嫌ね。あの生意気な目つき。やっぱり母親の血が卑しいから。フレッド殿下とは大違いだわ。
ーーせめてもう一人くらい王子がいれば、あの子は厄介払いできたんだがなぁ。

会えばヘラヘラと愛想笑いを浮かべる周囲の大人たちが、影では自分をなんと言っているか。物心がつく頃にはもうわかっていたように思う。
顔も温もりすらも記憶にない母親と自分とは決して目を合わさない父親。母親違いの兄は優しかったが、憐れまれているようで悔しくて、素直になれなかった。

なにもかも、自分の命すら疎ましく思っていた。なかでも一番うっとうしかったのが、王家に負けず劣らずの権力と財力を持つロベルト公爵家の一人娘だ。華やかで愛らしい容姿、聡明で明るく誰からも好かれる性格。王太子である兄の花嫁は彼女以外にはいないだろうと言われていた。

「ねぇ、ディル。変装して市場に遊びに行ってみない?」
「行かない」

「見て、見て。新しいドレスを作るんだけど、どっちの生地がいいかしら?」
「どうでもいい」

そんなやりとりを何度繰り返しただろうか。プリシラがなぜ自分に構うのか、ディルにはさっぱり理解できなかった。心優しいお嬢様が慈善事業でもしてみたくなったのだろうか。それとも、父であるロベルト公爵のさしがねか。

「もう、うんざりだ。俺はお前みたいな偽善者が一番嫌いなんだよっ」
屈託のない太陽のような笑顔はディルには眩しすぎた。無性にイラついて、冷たい声でそう吐き捨てた。怒るだろか、泣くだろうか。どちらにしても、これで彼女が自分に構うこともなくなるだろう。
唯一嫌いじゃなかった、穏やかな光をたたえた瞳。淡く優しいグリーンがとても美しいと、それだけは素直に思っていた。それも見納めかなと思いながら、ディルはプリシラの顔を見た。
意外なことに、彼女は笑っていた。宝物でも見つけたかのような、心底嬉しそうな顔で。
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