アーサ王子の君影草 ~スズランの杞憂に過ぎない愁い事~
 だがそれは自分の事を本当の家族として認めてくれているから、本当兄妹の様な絆があるからなのだと、勝手にそう思ってきたのだ。しかしそれを今、本人の口から違うと否定されてしまった。

「……ちがう、の?」

「っごめん。いや、違うんだ。そんな顔するなよ……」

「だ、だって…っ…」

 何がどう違うのだろう。セィシェルが何を言いたいのかが分からない。それは悲しみの雫となってスズランの瞳からこぼれ落ちた。

「な、泣くなよ。悪かったって……な?」

 セィシェルは慌てふためきながらもスズランの頭を撫でた。それでもスズランの涙は止まらない。こんな時にあの〝涙の止まるおまじない〟をしてくれたのは誰だったのだろう…?
 おぼろげにそんな事を思い出していた。

「……わたし、もう部屋に戻るね」

「待てって…! 俺が悪かったから…。だから俺が言いたかったのは…っ、はぁ…」

 引き留められたものの曖昧な態度でまごつくセィシェルの顔を見つめる。普段は視線すら合わせてくれないのだが、今回はその琥珀色(こはくいろ)の瞳を真正面からぶつけられた。不思議そうにその奥を覗き込むと不意に涙で濡れた頬へ口付けをされる。しかしそれは一瞬の出来事で、セィシェルはすぐ様スズランに背を向けてしまった。

「?! っ…セィシェル?」

「…っもう知らねぇ! とにかくそう言う事だから……」

「え? そういうことって…?」

「知らねぇったら! もう寝ろよ、じゃあな!!」

 突然の出来事に驚きで涙は止まった。
 言葉の意味を理解しようと思案に暮れるもスズランの頭の中は真っ白になる。
 逃げる様に去ってしまったセィシェルの背中の残像を暫くの間ぼんやりと眺めていた。


< 160 / 514 >

この作品をシェア

pagetop