東の空の金星
その3。不本意な住み込み。
「シマ。部屋を見るか。」とオーナーが呼ぶので、
私は渋々オーナーの後ろをついて行く。
もちろんマスター夫妻も一緒だ。

従業員控え室の奥のドアを開けると、踊り場のようなスペースになっていて、
右手に2階につながる階段があり、正面にまだ両開きに扉があった。

「俺はこの部屋に入るのは4年ぶりだ。
芳江さんがいつも掃除してくれてる。荷物は何もないいんだが…」
と扉の前で立ち止まって、ゆっくりとドアを開けた。

フローリングの広い部屋。
正面は作り付けの棚とクローゼット。
壁は薄いピンクで温かい印象だ。

これって…

窓は店と同じように天井まであってここはカーテンが付いている。
窓の正面は青い海と桜の木。

「昔は妻の部屋だった。
2階に二人で使う部屋ももちろんあるんだが…。
病気だった妻は昼間はここで過ごして、
体調がいい時は、あのキッチンでケーキを作ってカフェで働いてた。
もちろん、シマが作るようなクオリティの高いヤツじゃない。
ホームメイドだったけどね。
4年前に死んだんだけど、
ここは良い思い出がいっぱいだ。
妻は前向きで、よく笑ってた。
俺は彼女が死んでから、ここに来なかった。
必要ないからね。
シマがこの部屋が嫌でなければ、使ってほしい。
会社の用意した部屋だと思えばいい。
部屋の奥にトイレとバスルームも付いてる。
俺はシマが暗い道を歩いていないと思うだけで、
安心できる。」とオーナーは私の顔を真面目な顔で見た。
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