徹生の部屋
寿美礼さんを挟んで、右側に男女、左には男性ひとりが、主催者側が用意したパイプイスに座っていた。
夫婦とみられるほうが徹生さんの叔父さんと叔母さんで、もうひとりが寿美礼さんのお父さんなのだろう。

三人は彼女の声で一斉にこちらに顔を向ける。

「庄一おじさん、ご無沙汰しています。それから――社長もいらしていたとは知りませんでした」

「おいおい。こんな場所でまでその呼び方はないだろう? それに、徹生は夏休み中だそうじゃないか」

寿美礼さんから叔母夫婦がやって来ること聞いていたはずなのに、徹生さんはご主人らしき紳士を社長と呼ぶ。

徹生さんの陰に隠れるように立っていた私が疑問を解消する前に、逆に質問を投げかけられた。

「遅いじゃないの、徹生さん。さっきまで、市長さんがご挨拶にいらしていたのよ。あなたにも会わせたかったわ。ところでそちらのお嬢さんはどなた?」

夫人は上品な笑みを浮かべているけれど、声色に険がこもっているのを感じてさらに半歩足を引く。それなのに、徹生さんは繋いでいた手を離したかと思うと、私の腰に回して自分の真横に引き寄せた。

「こちらは桧山家具にお勤めの井口楓さん。姫華共々、とてもお世話になっているんです」

これでは黙っているわけにいかない。名刺なんて持ってきていないから、「桧山家具の井口です」とオウム返しで頭を下げた。

「ほう、桧山家具の」

「デザイナーさん? それとも建築士の資格をお持ちなのかしら」

「……いいえ。販売員です」

社にはそういった資格や技能を活かした仕事をしている人間もいるが、私は販売部門の平社員だ。
自分の仕事にはやり甲斐を感じているし、プライドもそれなりにある。なのに、夫人の探るような視線に晒された顔が俯いていく。

「彼女ね、いま、徹生さんの家にいるらしいの。ねえ? 楓さん」

「寿美礼。それは本当なのか?」

「お父さま。本人たちがここにいるのだから、私にではなく直接訊いてちょうだい」

笑顔とともに向けられたイジワルな瞳は、血縁がないはずなのに徹生さんにそっくりだった。

「いいえっ! あの………っ!?」

仕事の一環で桜王寺邸に滞在していることを説明しようとすれば、背中のおはしょりが引っ張られる。

「ええ、寿美礼さんの言う通りです。いま、彼女といっしょに暮しています」

「徹生さん!?」

ちょっと待った! あまりに話を端折る徹生さんに抗議しようとした。

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