徹生の部屋
接客が一段落した合間を狙い、私はお土産の焼酎を持って、クレーム処理の報告をするために店長室を訪ねた。

「休暇で報告が遅くなりました。桜王寺姫華さまからいただいたクレームの件ですが」

昨夜戻ってきてから作成した報告書を渡す。ただし、あの家に何日も滞在したことは伏せてある。
よくよく思い返さなくたって無茶苦茶な数日間を、どう書けばいいのかわからなかった。

ざっと目を通した書類を置いて、桧山店長は肘をついた机の上で手を組んだ。

「ご苦労さま。桜王寺家の方からも知らせを受けていたから、だいたいのことは承知している。すでに業者に手配して、近日中にはコウモリの駆除を済ませるそうだ。棲みついたのはこの夏からだったようで、それほどの被害はないらしい」

「そうですか」

酷くなると、フンや尿などで木材が腐ってしまうこともあるという。早いうちに発見できて本当によかった。

それになにより、当社の家具が原因でなかったことも。

「それで、桜王寺の屋敷はどうだった?」

ニヤリと片側の口角を上げた店長に、心臓が大きな音を立てる。もしかして徹生さんとの間にあったことを知っている?

「すごかっただろう、あの家は。それに、自分が売った家具を実際にお客さまが使っているところなんて、なかなか目にする機会はないからな。今後のいい参考になったんじゃないか?」

そういう意味ね。安堵のため息を小さくついた。

「はい。とても素敵でした。建物も装飾も、調度品も。姫華さんのお部屋も、私がイメージしていた通りになっていて感動しました」

今回の桜王寺邸訪問は、きっとこれからの仕事にもいい影響を与えると思う。

よっぽど私は満足そうな表情をしていたのだろう。店長も相好を崩した。

と、机上の電話が鳴る。

二言三言、会話を終えた店長が顔を上げた。

「井口さん。店にご指名のお客さまがいらしているそうだよ」

「私に、ですか」

大きく頷き店長は笑みを深めるけれど、本日のお約束はなかったはずだ。どなただろう?

「そう、井口楓さんに。早く行きなさい」

急かされて、店長室をあとにした。
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