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ピッカピカに磨かれた大きなガラスの自動ドアを潜り、大理石の床を進む。見あげれば高い吹き抜けに輝くシャンデリア。

「おかえりなさいませ、井口さま」

「ただいま、遠山さん。こんばんは」

紳士的な風貌の彼は、24時間体制で常駐しているコンシェルジュのひとりである。

上層階専用のエレベーターに乗り込み、36階のボタンを押す。高速で上昇を始めると、耳に不快感が生じる。
ここに住むようになってそろそろ三ヶ月になるけれど、こればっかりは慣れることができない。

チン、と軽い音とともにエレベーターが停止した。
降り立った床も、鏡みたいに廊下の照明の光を映している。

グレーとシルバーーの近代的なデザインをした玄関に、カード型のキーをかざすことなく扉が開いた。

「おかえり、楓」

「ただいま」

なんで徹生さんは、私がドアを開けるタイミングがわかるのだろう? まるでお留守番をしているワンコのように正確だ。

「買い物をするんだったら、迎えに行ったのに」

私が提げている買い物袋をちらりと見て、不満げな顔をする。

「卵と牛乳だけだから」

まずはキッチンに直行して、大きな冷蔵庫にしまう。洗面所でうがいと手洗いをしっかり済ませてリビングへ。

ブラインドカーテンがあげられた窓の向こうには、東京の夜景が広がる。
この星空みたいな灯りの下に、何万もの人たちが生活しているのかと思うと、ため息しか出なかった。