徹生の部屋
場が(たぶん)丸く収まったことに、心の底から安堵した。
「ありがとうございました」
店の出口で私と店長は、お辞儀で徹生さんを見送る。
路肩に停まっていた自動車の助手席から、秘書っぽい人が降りてきた。
彼が開けたドアから後部座席に乗り込もうとした徹生さんがそれを止め、こちらを振り返っている。
「さて。俺は中に戻るけど、井口さんは最後までお見送りを頼むよ」
勢いよく背中を押され、ドアの外にまろび出てしまう。驚いて後ろを見れば、もうドアは閉じられていた。
まだ車の前に立っている徹生さんに走り寄る。
「えっと、あの……」
いざ近寄ってみても、なにを言えばいいのか分からなかった。
そんな私の頭のてっぺんからつま先までを、舐めるような徹生さんの視線が動く。
「浴衣には負けるが、制服姿もなかなかいいものだな。ついタガが外れた」
「へ、変態だったんですかっ!?」
思わず一歩、後退した私のおでこが弾かれる。
「その理論でいったら、世の中の男は大半が変態だ」
細くした目で見下され、抗議の代わりに口をへの字に曲げた。
そういうものか? 腑に落ちないけれど、褒められたと思うことしよう。
「それにしても、アイツ、油断ならないな」
徹生さんは苦々しげに毒づき、店に向けて鋭い視線を投げた。
「店長ですか? さっきの通り頼れるし、家具をこよなく愛する、同士ですよ?」
「だから気に食わない。あんなのと楓がひとつ屋根の下にいるなんて」
うわっ、もしかしなくてもヤキモチを焼かれている!?
途端に頬が、ふにふにと緩んでいくのを止められない。だって、まさかあの徹生さんが!
「でも、新婚さんですからね」
「このご時世、婚姻関係などなんの保証にもならない。楓も十分気をつけるように」
まるで、私や店長が浮気をすると決めつけられているようでムッとする。そんなこと、絶対にするはずがないと誓えるのに。
「じゃあ、徹生さんもするんですか? 浮気」
苛ついた想いをそのままに、言葉を投げ返した。けれどそれは、余裕の笑みでかわされる。
「浮気なんて暇な人間がすることだ。俺にはそんな無駄な時間はないからな」
仕事が忙しいから? それはそれで、私との時間もないということで。少し寂しいと思うのはわがままかな。
だけど、しょげた私の予想の遥か上をいく王子さま発言に、度肝を抜かれてしまう。
「楓を愛するのに忙しい。ほかを向いている暇なんかない」
お、往来でなんてことを言うのだろう。
ほら! 秘書っぽい彼が目尻に涙を溜め、必死に笑いをこらえているじゃない。
私が恥ずかしさにあたふたしているというのに、徹生さんは瞳を甘く和らげて、懇願するように言の葉を重ねる。
「だから楓もよそ見をするな。俺だけをみていればいい」
そんなふうに言われたら、もう私の目にはあなたしか映らない。
晩夏の陽射しより熱い顔で頷いた私の頭を、彼がひと撫でする。
「肝心のことを言い忘れていた」
徹生さんは、花火が弾けたみたいに嬉しそうに笑う。
「おかえり、楓」
「ただいま」
これからずっと、私が帰るのはあなたのところです。
「ありがとうございました」
店の出口で私と店長は、お辞儀で徹生さんを見送る。
路肩に停まっていた自動車の助手席から、秘書っぽい人が降りてきた。
彼が開けたドアから後部座席に乗り込もうとした徹生さんがそれを止め、こちらを振り返っている。
「さて。俺は中に戻るけど、井口さんは最後までお見送りを頼むよ」
勢いよく背中を押され、ドアの外にまろび出てしまう。驚いて後ろを見れば、もうドアは閉じられていた。
まだ車の前に立っている徹生さんに走り寄る。
「えっと、あの……」
いざ近寄ってみても、なにを言えばいいのか分からなかった。
そんな私の頭のてっぺんからつま先までを、舐めるような徹生さんの視線が動く。
「浴衣には負けるが、制服姿もなかなかいいものだな。ついタガが外れた」
「へ、変態だったんですかっ!?」
思わず一歩、後退した私のおでこが弾かれる。
「その理論でいったら、世の中の男は大半が変態だ」
細くした目で見下され、抗議の代わりに口をへの字に曲げた。
そういうものか? 腑に落ちないけれど、褒められたと思うことしよう。
「それにしても、アイツ、油断ならないな」
徹生さんは苦々しげに毒づき、店に向けて鋭い視線を投げた。
「店長ですか? さっきの通り頼れるし、家具をこよなく愛する、同士ですよ?」
「だから気に食わない。あんなのと楓がひとつ屋根の下にいるなんて」
うわっ、もしかしなくてもヤキモチを焼かれている!?
途端に頬が、ふにふにと緩んでいくのを止められない。だって、まさかあの徹生さんが!
「でも、新婚さんですからね」
「このご時世、婚姻関係などなんの保証にもならない。楓も十分気をつけるように」
まるで、私や店長が浮気をすると決めつけられているようでムッとする。そんなこと、絶対にするはずがないと誓えるのに。
「じゃあ、徹生さんもするんですか? 浮気」
苛ついた想いをそのままに、言葉を投げ返した。けれどそれは、余裕の笑みでかわされる。
「浮気なんて暇な人間がすることだ。俺にはそんな無駄な時間はないからな」
仕事が忙しいから? それはそれで、私との時間もないということで。少し寂しいと思うのはわがままかな。
だけど、しょげた私の予想の遥か上をいく王子さま発言に、度肝を抜かれてしまう。
「楓を愛するのに忙しい。ほかを向いている暇なんかない」
お、往来でなんてことを言うのだろう。
ほら! 秘書っぽい彼が目尻に涙を溜め、必死に笑いをこらえているじゃない。
私が恥ずかしさにあたふたしているというのに、徹生さんは瞳を甘く和らげて、懇願するように言の葉を重ねる。
「だから楓もよそ見をするな。俺だけをみていればいい」
そんなふうに言われたら、もう私の目にはあなたしか映らない。
晩夏の陽射しより熱い顔で頷いた私の頭を、彼がひと撫でする。
「肝心のことを言い忘れていた」
徹生さんは、花火が弾けたみたいに嬉しそうに笑う。
「おかえり、楓」
「ただいま」
これからずっと、私が帰るのはあなたのところです。