彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~



Barカウンターで3杯目のカクテルを飲んでいると、右隣に誰かが座った気配がした。

私はぼんやりと夜景を眺めていた。近くに誰が来ても関係ないし興味もない。
稔ももう決して戻っては来ない。

ああ、ここからも東京タワーが見える。

東京タワーの夜景が見える場所でプロポーズされるのが夢だった。

なのに、東京タワーが見えるこのホテルで失恋をした。しかもよりにもよって私の誕生日に。


グラスに残ったカクテルをぼんやりと眺めていると、それまでジャズだったピアノがいきなりハッピーバースデーの曲に変わり、背後で女性客の嬉しそうな声が聞こえてきた。

視線を向けると、女性客の前には花火がチリチリと光るカクテルと小さなケーキが運ばれ、喜ぶ彼女の手を握り幸せそうに微笑む男性の姿があった。

それを見た途端、涙がこみ上げてきた。

泣きたくない。

私は何も悪くない。
稔のためになんか泣きたくない。

でも、どうにも止まらない。
あっという間に涙がこぼれ落ちてしまった。

ハンカチを出そうとバッグを探っていると、
「使って」と低い声がして私の隣からブルーのハンカチが差し出された。

驚いてしまったけど、泣き顔を見られたくない。

「あ、大丈夫です。自分のがありますから」

慌てて視線も向けずにうつむいてバッグを探る。

「いいから」

ぐいっと押し付けるようにして強引にハンカチを握らされた。
そんな仕草に負けて私も諦めて受け取った。

「ありがとうございます」
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