冷徹社長の容赦ないご愛執
「しかも今は業務時間外だ。プライベートにまで仕事の上下関係を持ち込まなくていい」


 ん、と再度差し出される手に、おずおずと左手を向かわせる。

 腕を伸ばしきる前に、ひし、と捕まえられて、指先から伝わる熱が導火線を伝うように心臓まで到達し、大きく爆ぜた。

 心臓の爆発が、顔まで上気させる。

 本当に、こんな扱いをされたことがないから、免疫というものがまったくなくて、息のしかたも忘れてしまいそうだ。


 力を入れているわけではないのに、またしても、体は社長の誘導に自然にいざなわれる。

 横向きに足を車から降ろし、ふらつくことなく立ち上がった。

 一体どこの令嬢なのかと、自分で自分を冷やかしながらも降り立った場所は、馴染みのある藍の暖簾のかかった和風造りの店の前だった。

 国内でも最も地価が高いと言われている街の一角。

 一本だけ裏通りに入ったところに、都会のコンクリートの冷たさの中にふんわりと温かみを灯す檜格子の引き戸がある。

 ビルの一階と二階を店舗とした、叔父が営む隠れ家的名店『菊前寿司』だ。
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