鉄仮面女史の微笑みと涙
おめでとう
目が醒めると見たことのない天井
ここはどこだろうと起き上がろうと手をついたら痛みが走った
右手を見てみると、大きなガーゼをテープでつけられていた
それを見て昨日のことを思い出した


そうだ、皆川部長の家に……


私は和室の布団で寝ていたらしい
襖の向こうで何か音がする
祥子ちゃんが家事をしているんだろう
私はスマホの画面を見て一気に目が覚めた
今日は木曜日で時間は10時をまわっていた


「会社、行かなきゃ!」


私は飛び起きて勢いよく襖を開けた
すると、キッチンから祥子ちゃんが懐かしい笑顔で出てきた


「海青ちゃん、起きた?」
「祥子ちゃん、私、会社……どうしよう……早く行かなきゃ!」
「ダメだよ海青ちゃん。今日は会社休めって慎一郎さんも言ってたよ?」
「でも……だって……」
「いいから、落ち着いて」


祥子ちゃんは私を布団の上に座らせて、優しく背中を撫でた


「今日は会社を休むの。それに、手の怪我が治るまでは家に居てもらうから。分かった?」
「でも……」
「でもじゃないの。慎一郎さんがそう言ってたの。これは『部長命令』だよ」
「祥子ちゃん……」


私が落ちついたのを見て祥子ちゃんが言った


「海青ちゃん、お風呂沸かしてあるから入っておいでよ」


そう言われて、私は素直に頷いた
祥子ちゃんもにっこり笑った
私はスーツケースから着替えを取り出し、浴室へ案内された
祥子ちゃんが私の右手に薄いナイロンの手袋を被せてくれて、輪ゴムでとめてくれた


「ドライヤーここにあるからね。新しい歯ブラシもここに置いとくから。私、その間にご飯準備しとくからゆっくり入ってね」


祥子ちゃんはそう言って脱衣所を出て行った
ふと洗面台の鏡を見てみると、泣き腫らした顔の私がいた
そして首筋に残る手形……
私は震える体をを抱きしめて、ふうっと息を吐いてお風呂に入った
お風呂から上がり、髪の毛を乾かして歯磨きをし、ダイニングへと向かうと、テーブルの上にはご飯の支度が出来ていた


「祥子ちゃん。お風呂ありがとう」
「あ、海青ちゃん、お風呂上がった?お腹空いたでしょ?食べて?」


私は頷いて着替えを和室に置き、ダイニングの椅子に座った
祥子ちゃんはご飯と味噌汁を私の前に置いてくれた
そのほかにも、鮭の塩焼き、卵焼き、キュウリの漬物が並んでいる


「お口に合うか分かりませんが、どうぞ召し上がれ」
「祥子ちゃん、ありがとう。いただきます」


私は手を合わせて、味噌汁をすすった
すごく美味しかった
その味噌汁の味が身にしみて、自然に涙が溢れてきた
それを見た祥子ちゃんが慌てて私の背中をなでた


「海青ちゃん?大丈夫?美味しくなかった?」


心配する祥子ちゃんに違うと首を振る
でも涙が止まらない


「ごめんなさい。祥子ちゃん。不味い訳無い。本当に美味しい。でも、私、ここ数年、ご飯を味わって食べてなかったから……だから……どうしよう、涙、止まらない……」


涙をポロポロ流す私に、祥子ちゃんはティッシュを渡してくれて背中を優しくポンポンと叩いてくれている


「いいんだよ。いくらでも泣いていいからね海青ちゃん」
「でも……祥子ちゃんのご飯食べたい」
「もうワガママだなあ海青ちゃんは……」


私を慰めてる祥子ちゃんは、ちょっと涙声だった
やっと落ち着いた私は、ご飯を食べ始めた
祥子ちゃんの料理は本当に美味しかった
ご飯を食べ終わったので後片付けをしようとしたのだが、その右手じゃ出来ないでしょと祥子ちゃんに叱られ、リビングのソファーに座らされた
後片付けを終えた祥子ちゃんが、ハーブティーをを持ってきてくれて、並んで座って一緒に飲んでいた


「祥子ちゃん。昨日は迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑なんて思ってないよ」
「でも、私、グラス割っちゃったし、傷の手当てしてくれたの、祥子ちゃんでしょ?」
「グラスはまた買えばいいし、傷はあまり深くなかったから、多分すぐ治るよ」


優しく言ってくれる祥子ちゃんにまだ謝らなきゃいけない
私はカップをテーブルに置いて、祥子ちゃんに頭を下げた


「祥子ちゃん、大学生の時にひどいこと言ってごめんなさい」
「海青ちゃん……」

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