エリート社長の許嫁 ~甘くとろける愛の日々~
甘えてみなよ
それから一カ月。
長く続いた梅雨が明けたその日。

営業先から会社に戻ると、事務所に職人頭の橋本(はしもと)さん——通称・橋さんがやってきていた。

もうすぐ六十歳になる橋さんは、父の同志のような人で、長年我が社に貢献し職人技を極めた人だ。
緞帳を手掛けるときは彼が音頭を取り、若手を引っ張る。

橋さんは、私を娘のようにかわいがってくれていて、父の死後はより一層気にかけてくれている、大恩人だ。


「砂羽ちゃん、お疲れさま」


目尻のシワを一層深くして微笑む橋さんは、髪こそ白髪が増えてきたけれど、いつも私より元気なくらいだ。


「橋さん、お疲れさまです。ごめんなさい。今日も仕事を取れなかったんです」


正直に告白すると、「大丈夫」と励ましてくれる。

しかし、そのうしろで母は眉根をひそめた。
ちっとも『大丈夫』ではないことを知っているからだ。
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