言い訳~blanc noir~
12年ぶりの再会 Ⅲ
***

「―――そんな事があったのね。私、何だか泣けてきたんだけど。椎名さんがあまりにも気の毒過ぎて……」


 口元を手のひらで覆った美樹はそのまま俯いた。艶やかな黒髪が顔を覆い隠し、小さく肩が揺れている。

 面食らった和樹はテーブルから身を乗り出し、美樹の顔を覗き込む。

「美樹ちゃん……?」

 しかし、美樹は泣いていなかった。それどころか、くすくすと笑いながら顔を上げ、足を組み替える。

「なんだよ」

 呆気にとられた和樹は思わずふっと口元が綻んだ。


「女優だな」

「そんなお涙頂戴話に私が乗っかるとでも思ってるの?」

 そのつんとした棘のある言い方が美樹らしい。美樹は変わらないな、と懐かしくなる。

「その話が事実としてだよ? ある日突然恋人がこの世を去れば悲しいと思うわ。
私も主人が突然死んだら自暴自棄になる自信があるし。
けど椎名さん、今バツイチだよね? 沙織さんが亡くなった後すぐに、他の女の人と結婚したんでしょ? 絵理子と椎名さんってダブル不倫だったって絵理子本人に聞いたんだけど。
その奥さんだった人とは離婚したんだよね」


「ああ」

 コーヒーを口にする和樹を眺め、美樹が鼻先を鳴らす。


「沙織さんじゃない人と結婚出来るまでに気持ちが落ち着いたって事でしょ?」

「落ち着いていたかはわからない。いや、落ち着いてなんかいなかったよ」

「それで? 前の奥さんって誰なの?」


 テーブルに頬杖をついた美樹は大きな瞳を光らせている。昔から力強い目元が印象的な女だった。勝気な眼差しは自信に満ち、それが美樹の魅力を存分に引き出している。

 12年経っても揺らがない。強い意思を秘めた美樹の瞳は今もなお健在なようだ。


「そんな事まで知りたいの?」

「そうよ? 椎名さんの話って意外と興味深いし。どこまでが本当でどこまでが作り話なのかわからないけど。でも、ろくでなしのクズ男って息をするように嘘をつくものよね。面白いからもう少し付き合ってあげる」

「俺、凄い言われようだな」

 和樹が目尻に小さな皺を寄せ笑みを浮かべた。


「だから、前の奥さんって誰なのよ」

「わからないの?」

「わかるわけないでしょ」


 美樹が間髪入れずに言った。

 相変わらず気が強い女だ。そこが美樹の魅力でもあるのだが。


 コーヒーカップを口に運んだ和樹はまつ毛を伏せ呟くように言った。


「結婚した相手は古賀さんだよ」


「やっぱりね」


 わかるわけないでしょ、と言ったくせに。

 呆れ気味に和樹が笑う。
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