言い訳~blanc noir~
黒猫を抱いた女
 そんな事を考えながら自宅マンションまでの道のりをぼんやりと歩いていた。

 ひんやりとした夜風が頬に心地よく、酔いが少しずつ醒めていくのがわかる。


 すると突然、ぱんっとガラスのようなものが割れる音が響き、和樹は足を止めた。


「出て行けこらー!!」


 男の怒声が聞こえたかと思うと、目の前のアパートの扉が勢いよく開き、背中を突き飛ばされたように女が飛び出して来た。


 驚きのあまり立ち尽くす和樹の姿に気が付いた女が顔を上げる。と、和樹と目が合い、顔を隠すように俯いた。

 涙を流しているようだった。

 その胸には真っ黒な猫が抱かれ、怖がっているのかにゃあにゃあと鳴き声をあげながら女の胸の中でじたばたと暴れていた。


 女が猫を抱きかかえたまま、鼻をすすり歩き出した。


 和樹は駆け寄り声を掛けた。


「大丈夫ですか?」


「すみま……」


 きっと「すみません」と言いたかったのだろう。

 後の言葉は嗚咽で掻き消されてしまい、女は涙をぼろぼろと流しながら猫を抱えたままその場にうずくまってしまった。


 足元を見ると靴さえ履いていない。よく見ると手の甲からは真っ赤な血が流れていた。


「血が出てますよ。僕の部屋もう少し先のマンションですから、そこまで歩けますか?」


「ごめんなさい。大丈夫です……」


「どう見ても大丈夫なようには見えませんけど」


 泣きながら手から血を流し、胸に猫を抱えた裸足の女がどう大丈夫だと言うのだ。それ以前に猫はにゃあにゃあどころか「ぎゃおぎゃお」と悲鳴のような声をあげ続けている。


「あの……猫も怯えてますから。とりあえず安全な場所に移動しませんか?」


 そう声を掛けると女は頷き立ち上がった。

 しかしその瞬間、女の胸から猫が飛び出し勢いよく駆け出した。


「あっ! クロ!!」
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