世界は鈍色に色褪せる。
第一章
一昔前までは、ロボットはとても珍しい存在だった。
高値で売られ、よくショッピングモールやイベント、動画サイトなどで見かけられていた。
子供用の玩具としても、犬型や猫型のロボットが発売され、人気だった。
しかし、近年お店でロボットは、一切見かけなくなってしまった。
新しい法律が出来、進化したロボットやアンドロイド達を、人と同じ扱い方をするようになったのだ。
それは、「人間、ロボット平等法」という法律。ロボットの中で一番頭の良い、アンドロイドが提案したものだ。
最初は多くの人に反対されていたものの、沢山のロボット達の意見により、次第に肯定の意見は増えていった。
もし、売り物として扱ったとしたら、人身売買と同じようなものとし、犯罪をしてしまったこととなる。
街中のショッピングモールでロボットが売られるのを見なくなったのは、それが原因だった。
本当に売られていたのかさえ、分からなくなるくらいだ。
やがて、純粋な人間の立場は時代が進むにつれて、薄れていった。
政治や食べ物、施設の管理、病院。人が行っていたものの殆どが、ロボットに奪われ、支配されてしまった。立場は一気に逆転。
ロボットとの共存は、叶えることが出来なかった。
純粋な人が住めるところは、今となっては極僅かでしかない。
少子化が続いた今の世界では、機械も何も入っていない人間は、人口の二割しかいなかった。
その二割の中に、不思議な少女がいた。
人の中で一番、ロボットとの共存を叶えられそうな、明るい女の子。
普通の人間でいるというだけで、差別を受けるこの世界で、ただ一人ロボットから差別を受けないでいた。
常に不思議な雰囲気を纏っていて、いつも笑顔でいる──それが、私だった。
私の名前は、成橋伊織。五百年前、研究者達の実験台にされた少女の、子孫だ。
そのせいか、機械の細かい糸、血のような成分が心臓の一部に流れている。
血液検査をしない限り、バレないと気づいた私は、それを彼らに隠して十七年間生きてきた。
誰にも言えない秘密を、頑丈な箱に閉じ込めるように。
何年も、変わることなく必死に隠し続けてきた。
五歳の頃から、演技だけは人一倍上手く、顔に分かり易く表情が出ることもなかった。
小さくても、隠すのだけは得意だったのだ。
そんな、慣れてしまった上手い演技でひたむきに隠していくのは、私が人である彼ら達の、唯一の希望の光であったからだった。
普段から、本当の感情を表に出すことはあまりしない。
常に笑顔でいるのは、私にとって、仮面を被るのと同じ行為で、簡単なことだった。
「──伊織ちゃん、洗濯物干してもらってもいいかしら」
義理の母親である美智子さんに呼ばれ、二階の部屋で本を読んでいた私は、パタリと本を閉じた。
それを、元の棚に戻し、「ゆっくりで良いわよ」と後から言われたものの、急いで部屋から出る。
私には、両親がいない。本当の両親は、まだ幼い頃に、二人して体に機械の心臓を埋め込み、ロボットが多い大都会へと行ってしまった。
幼い子供や、体の弱い人には出来ない手術だったため、私にはその手術をすることは出来なかったのだ。
それもあり、連れて行くのは危ないと判断した両親は、私を隠したかったのか、森の奥に私を置いて行ってしまった。
優しかったロボットとアンドロイドは、人を嫌い、邪魔者扱いをするようになってしまったこの世界では、仕方の無いことだったのだろう。
独りになり、深い森の中で出会ったのが、美智子さんだった。
両親を失ったことが悲しくて、生きることを諦めかけていた私を、見つけ出してくれた。
独りの私に、「家族になろう」と、言ってくれた。「一緒に住もう」と、言ってくれた。
それだけで、私はとても幸せな気持ちになれた。掠れた声で、大泣きするくらいに。
──階段を降りると、台所でお昼ご飯を作っているのか、美味しそうな匂いが、鼻にふわりと舞い込む。
匂いにつられて、体が台所に吸い寄せられた。
「今日のお昼は、焼きそば?」
台所で、鼻歌を歌いながら料理をする美智子さんの隣に行き、匂いから予測した食べ物を、口に出して言う。
正解かと思いきや、美智子さんは、ニヤニヤと笑って、私を見た。
この笑顔の時は、大抵不正解の時だ。
「フフッ、惜しいけど違うわ。今日のお昼はそば飯よ」
目を細めて、満面の笑みで美智子さんは言った。
えー、と言いながら、つられて私も頬が緩む。当たってると思ったのになぁ。
美智子さんの笑顔は、周りの人をも笑顔にするので、いつも魔法にかけられたような気持ちになる。
今だって、魔法にかけられたような気分だ。
そんな、美智子さんの幸せそうに笑った顔が、私は一番好きだ。
「正解だと思ったのになぁ」
と、わざとらしく頬を膨らませて、口を尖らせてみせる。
すると、美智子さんはまた笑顔になって、「ほら、洗濯物干さないとお昼ご飯食べられないよ」と、私の背中を軽く押した。
仕方なく私は、体の向きを台所から反対側に向ける。
いつもは、ここで引いたりはしないのだが、今日はすんなりと台所を後にした。
空腹で、何も入っていない胃の中で、お腹の虫が悲鳴をあげていたからだ。
やはり、人間の本能には逆らうことは出来ないということなのだろう。
私は、洗濯物が入ったカゴを両手で持ち、サンダルを履いて、ベランダから外に出た。
初夏の暖かい日差しが、少しだけ眩しい。
それが心地よくて、私は目を瞑りながら深く息を吸った。
空気が澄んでいて、透き通った酸素が鼻から肺まで、走り出すように通り抜けていく。
私は、その入っていった空気を元の場所に戻すように、ゆっくりと細く息を吐いた。
閉じていた目を開けば、緑でいっぱいの大自然が広がっていて、蝶や蜜蜂が花の周りをくるりと舞う。
川では、魚がピチピチと元気に泳いでいた。
それを見て、森も私達と同じように生きているのだと知る。
私達が住む家は、森の奥深くにある、隠れ家のような、木で出来た二階建ての家だ。
とても静かで、居心地が良い場所。
なので、ベランダから見える風景は、木と木の間から入り込む日差しで、緑色に光っていた。
その光が、川や水溜まりにも緑色に映って、落ち着いた色を醸し出している。
地面を見渡せば、たまに吹くゆったりとした風で、葉を揺らした木々同士が、影で重なり合っていた。
それがまた綺麗で、何度見ても見惚れてしまう。
「此処は、いつ見ても良い場所だなぁ」
と、ぽろりと心から思ったことを呟く。
本当に、此処は良い場所だ。建てた人のセンスが良かったのだろう。
私は、洗濯物が入ったカゴを置き、白のTシャツを一枚手に取った。
両手で両端だけを持ち、上下に振ってシワを伸ばす。
それによって、少しだけ飛んだ水しぶきが、キラキラと宝石のように輝く。
シワを伸ばした白のTシャツを、物干し竿にかけ、次の洗濯物にも同じような作業を繰り返した。
一枚一枚、シワが出来ないように丁寧に干していく。
今日は、いつもより天気が良く、清々しいくらいの快晴で、洗濯にはもってこいの日だった。
乾くのも、あっという間だろう。
こういう日は、大体気分が良く、一日も良い気分で終わることが多い。
私は、美智子さんがよく歌っている鼻歌を真似しながら、清々しい気持ちで洗濯物を干していった。
高値で売られ、よくショッピングモールやイベント、動画サイトなどで見かけられていた。
子供用の玩具としても、犬型や猫型のロボットが発売され、人気だった。
しかし、近年お店でロボットは、一切見かけなくなってしまった。
新しい法律が出来、進化したロボットやアンドロイド達を、人と同じ扱い方をするようになったのだ。
それは、「人間、ロボット平等法」という法律。ロボットの中で一番頭の良い、アンドロイドが提案したものだ。
最初は多くの人に反対されていたものの、沢山のロボット達の意見により、次第に肯定の意見は増えていった。
もし、売り物として扱ったとしたら、人身売買と同じようなものとし、犯罪をしてしまったこととなる。
街中のショッピングモールでロボットが売られるのを見なくなったのは、それが原因だった。
本当に売られていたのかさえ、分からなくなるくらいだ。
やがて、純粋な人間の立場は時代が進むにつれて、薄れていった。
政治や食べ物、施設の管理、病院。人が行っていたものの殆どが、ロボットに奪われ、支配されてしまった。立場は一気に逆転。
ロボットとの共存は、叶えることが出来なかった。
純粋な人が住めるところは、今となっては極僅かでしかない。
少子化が続いた今の世界では、機械も何も入っていない人間は、人口の二割しかいなかった。
その二割の中に、不思議な少女がいた。
人の中で一番、ロボットとの共存を叶えられそうな、明るい女の子。
普通の人間でいるというだけで、差別を受けるこの世界で、ただ一人ロボットから差別を受けないでいた。
常に不思議な雰囲気を纏っていて、いつも笑顔でいる──それが、私だった。
私の名前は、成橋伊織。五百年前、研究者達の実験台にされた少女の、子孫だ。
そのせいか、機械の細かい糸、血のような成分が心臓の一部に流れている。
血液検査をしない限り、バレないと気づいた私は、それを彼らに隠して十七年間生きてきた。
誰にも言えない秘密を、頑丈な箱に閉じ込めるように。
何年も、変わることなく必死に隠し続けてきた。
五歳の頃から、演技だけは人一倍上手く、顔に分かり易く表情が出ることもなかった。
小さくても、隠すのだけは得意だったのだ。
そんな、慣れてしまった上手い演技でひたむきに隠していくのは、私が人である彼ら達の、唯一の希望の光であったからだった。
普段から、本当の感情を表に出すことはあまりしない。
常に笑顔でいるのは、私にとって、仮面を被るのと同じ行為で、簡単なことだった。
「──伊織ちゃん、洗濯物干してもらってもいいかしら」
義理の母親である美智子さんに呼ばれ、二階の部屋で本を読んでいた私は、パタリと本を閉じた。
それを、元の棚に戻し、「ゆっくりで良いわよ」と後から言われたものの、急いで部屋から出る。
私には、両親がいない。本当の両親は、まだ幼い頃に、二人して体に機械の心臓を埋め込み、ロボットが多い大都会へと行ってしまった。
幼い子供や、体の弱い人には出来ない手術だったため、私にはその手術をすることは出来なかったのだ。
それもあり、連れて行くのは危ないと判断した両親は、私を隠したかったのか、森の奥に私を置いて行ってしまった。
優しかったロボットとアンドロイドは、人を嫌い、邪魔者扱いをするようになってしまったこの世界では、仕方の無いことだったのだろう。
独りになり、深い森の中で出会ったのが、美智子さんだった。
両親を失ったことが悲しくて、生きることを諦めかけていた私を、見つけ出してくれた。
独りの私に、「家族になろう」と、言ってくれた。「一緒に住もう」と、言ってくれた。
それだけで、私はとても幸せな気持ちになれた。掠れた声で、大泣きするくらいに。
──階段を降りると、台所でお昼ご飯を作っているのか、美味しそうな匂いが、鼻にふわりと舞い込む。
匂いにつられて、体が台所に吸い寄せられた。
「今日のお昼は、焼きそば?」
台所で、鼻歌を歌いながら料理をする美智子さんの隣に行き、匂いから予測した食べ物を、口に出して言う。
正解かと思いきや、美智子さんは、ニヤニヤと笑って、私を見た。
この笑顔の時は、大抵不正解の時だ。
「フフッ、惜しいけど違うわ。今日のお昼はそば飯よ」
目を細めて、満面の笑みで美智子さんは言った。
えー、と言いながら、つられて私も頬が緩む。当たってると思ったのになぁ。
美智子さんの笑顔は、周りの人をも笑顔にするので、いつも魔法にかけられたような気持ちになる。
今だって、魔法にかけられたような気分だ。
そんな、美智子さんの幸せそうに笑った顔が、私は一番好きだ。
「正解だと思ったのになぁ」
と、わざとらしく頬を膨らませて、口を尖らせてみせる。
すると、美智子さんはまた笑顔になって、「ほら、洗濯物干さないとお昼ご飯食べられないよ」と、私の背中を軽く押した。
仕方なく私は、体の向きを台所から反対側に向ける。
いつもは、ここで引いたりはしないのだが、今日はすんなりと台所を後にした。
空腹で、何も入っていない胃の中で、お腹の虫が悲鳴をあげていたからだ。
やはり、人間の本能には逆らうことは出来ないということなのだろう。
私は、洗濯物が入ったカゴを両手で持ち、サンダルを履いて、ベランダから外に出た。
初夏の暖かい日差しが、少しだけ眩しい。
それが心地よくて、私は目を瞑りながら深く息を吸った。
空気が澄んでいて、透き通った酸素が鼻から肺まで、走り出すように通り抜けていく。
私は、その入っていった空気を元の場所に戻すように、ゆっくりと細く息を吐いた。
閉じていた目を開けば、緑でいっぱいの大自然が広がっていて、蝶や蜜蜂が花の周りをくるりと舞う。
川では、魚がピチピチと元気に泳いでいた。
それを見て、森も私達と同じように生きているのだと知る。
私達が住む家は、森の奥深くにある、隠れ家のような、木で出来た二階建ての家だ。
とても静かで、居心地が良い場所。
なので、ベランダから見える風景は、木と木の間から入り込む日差しで、緑色に光っていた。
その光が、川や水溜まりにも緑色に映って、落ち着いた色を醸し出している。
地面を見渡せば、たまに吹くゆったりとした風で、葉を揺らした木々同士が、影で重なり合っていた。
それがまた綺麗で、何度見ても見惚れてしまう。
「此処は、いつ見ても良い場所だなぁ」
と、ぽろりと心から思ったことを呟く。
本当に、此処は良い場所だ。建てた人のセンスが良かったのだろう。
私は、洗濯物が入ったカゴを置き、白のTシャツを一枚手に取った。
両手で両端だけを持ち、上下に振ってシワを伸ばす。
それによって、少しだけ飛んだ水しぶきが、キラキラと宝石のように輝く。
シワを伸ばした白のTシャツを、物干し竿にかけ、次の洗濯物にも同じような作業を繰り返した。
一枚一枚、シワが出来ないように丁寧に干していく。
今日は、いつもより天気が良く、清々しいくらいの快晴で、洗濯にはもってこいの日だった。
乾くのも、あっという間だろう。
こういう日は、大体気分が良く、一日も良い気分で終わることが多い。
私は、美智子さんがよく歌っている鼻歌を真似しながら、清々しい気持ちで洗濯物を干していった。