初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
十五
 アレクサンドラの社交界デビューの本番ともいえる、国王陛下との謁見は、同じく社交界にデビューする大勢のレディ達と同じ日に行われ、王宮の控室には父親に付き添われた大勢のレディ達がまばゆくばかりに着飾り、緊張した面持ちで自分の順番が来るのを待ち続けていた。
 国王陛下への謁見は、基本的に身分の高い物から呼ばれる決まりになっているので、弱小伯爵家のアレクサンドラが呼び出されるのは限りなく最後の方だとアレクサンドラは思っていたが、実際のところ、公候伯士男という爵家の序列からいえば、伯爵家は真ん中に位置し、公爵家にはデビューする娘はなく、侯爵家から一人、あとは伯爵家からアレクサンドラの他に数人、あとは子爵家と男爵家の娘たちということもあり、一際華やかなアレクサンドラの姿は控室を埋め尽くしているレディ達を圧倒するだけでなく、その存在感は娘に付き添う父親たちをも圧倒していた。
 伯爵家の順番が来ても、弱小アーチボルト家のことだから、最後だろうとアレクサンドラが大きなため息をつこうとした瞬間、呼び出しの声がかかった。
 驚いてアレクサンドラが父の貌を見上げると、父は無言で頷き、アレクサンドラの手を取って扉の方へと歩き始めた。
 今でこそ弱小伯爵家ではあるが、それは領民の為にと、税の取り立てを厳しくせず、王家から科されている税金に気持ち程度の上乗せしかしていない、アーチボルト伯爵の領民に対する思いが家計を火の車にしているだけで、家柄という点からいえば、歴史も古く、国王陛下の個人的なブリッジ仲間であるアーチボルト伯爵家の格はかなり高い。時の寵児のようにお金に物を言わせて家柄が良いように振舞っている成金伯爵家の方が、本当は遥かに格が低いのだと、改めてアレクサンドラは自分の立ち位置を理解した。
 実際のところ、王太子との見合い話が沸き起こったのも、単に父が陛下のブリッジ仲間だから選ばれたのだろう程度の考えで、日々困窮している自分の家が、そこまで実は格が高いとは考えたこともなかった。
 父に手を引かれ、控えの間を出て行くアレクサンドラの後姿を順番待ちの娘たちが羨望の眼差しで見つめていたことをアレクサンドラは知らなかった。


 控室と言っても、謁見の間の隣にあるわけではない。
 長い廊下を案内する侍従の一人について進んでいくうちに、さすがのアレクサンドラも緊張で心臓がドキドキと体から飛び出しそうに暴れ始めた。
 緊張が頂点に達した瞬間、侍従の歩みを遮るようにアントニウスが姿を現した。
「陛下よりも一足先に、美しいあなたの姿を拝見したく、こうして廊下に忍んでまいりました」
 甘い言葉を囁くアントニウスに、侍従は聞こえよがしに咳ばらいをした。
「お控えください。陛下がお待ちです」
 侍従の言葉もアントニウスは気に留めた様子はなく、アレクサンドラの前に跪くと、アレクサンドラの左手を取って見上げた。
「叔父上も、きっとあなたに正式な謁見を許す日が来たことをとても喜ばしくお思いでしょう」
 アントニウスは言うと、アレクサンドラの手に口づけするのではなく、深々と頭を下げてから立ち上がった。
「遅れた理由を叔父上に尋ねられたら、恋の熱にうなされた甥が行く手を阻んだと、そう注げるがいい」
 侍従に一言声をかけると、アントニウスはアーチボルト伯爵に対し『大変失礼を致しました』と謝罪してすぐに廊下の端へと身を引いた。
「参りますぞ」
 侍従は声をかけると、再び歩き始めた。
 先ほどまで、足先まで震えそうだったアレクサンドラは、いつのまにか落ち着きを取り戻し、これから会うのは本当は舞踏会で何度も顔を会わせたことがあり、正式には社交界にデビューしていないにもかかわらず、ロベルトと一緒にいたことで名乗り、言葉すら交わしたことのある国王陛下に会うだけなのだと、完全に落ち着きを取り戻した。


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