湖にうつる月~初めての恋はあなたと
5.抹茶プリン
5.抹茶プリン


いつの間にか冬の冷たい風が少しずつ日の光に照らされて暖かく感じるようになってきた。

初デート以来、澤井さんは海外出張が続いてなかなか会うことができない。

出張帰りの日、時間のない中、一度だけ素敵な夜景の見えるレストランに連れていってもらったそれきり。

時々来るメールに胸をときめかせながら、ただじっとその日を待っている。

スマホがふるえるたびにドキドキしてその画面を見るけれど、その日はなかなか来なかった。

このままフェイドアウトしていくのかもしれないと、万が一のショックが大きくならないように常に頭の片隅においている。



4月になり、秘書室の恒例の食事会に受付の私達も声をかけてもらった。

受付は、総務部に属しているけれど仕事上色々な部署の上役と知り合うことも多く、他部署の部長や役員クラスから食事会に誘われることも度々だった。

今回の秘書室の食事会には、藤波専務を筆頭に役員数名と秘書メンバーが揃っている。

秘書の中でも相原さんは一番のベテラン秘書で、役員もその名を恐れるほどの存在感だったけれど、秘書メンバー達からは絶大な信頼をよせられ慕われていた。

私も急な役員への来客があって困った時は、相原さんに相談し何度助けてもらったことか。

ビルの1階で皆と集合し食事会が開催されるホテルに向かう途中、突然相原さんに腕を掴まれた。

「谷浦さん!」

長い髪をキュッと後ろに団子にしている相原さんは確かもうアラフォーだったけれど、年齢の割に若くて肌がとてもきれいだった。

黒目がちなクリンとした目で私を軽くにらんでいる。

「なんでしょう?」

「最近、きれいになったんじゃぁない?」

何を言われるかと思えばそんなこと。

「そうですか?何も変わりませんけど」

何も変わらないといえば嘘になるか。仮彼氏が出来たってことは私には大きな変化だろう。

だけど、そんなこと相原さんを前に言えるはずもなく。

「そぉ?藤波専務も行ってたわよぉ。最近谷浦さんはキラキラしてるよ、彼氏でもできたんじゃないかって」

相原さんはぐいぐい自分の体を押しつけてくる。

そんなわざとらしく食いつく様に思わず吹き出してしまった。

「何にもないですよ。残念ながら」

「私に黙ってたらただじゃおかないわよ。そういうのは年功序列なんですからね!」

相原さんはにやっと笑うと両手を腰に当てた。

私よりも随分年上だけど、たまにこんな仕草をするとかわいいなと思ってしまう。

つい最近まで相原さんにも彼氏がいたけれど、彼の海外赴任が決まってそのまま別れたと風の噂で聞いていた。




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