君と一緒に恋をしよう
#3『出場競技』
 生徒会での体育祭の準備が始まると、まもなくクラスでもその準備が始まる。

 今年の開催種目が生徒会から発表され、出場者を決めなくてはならない。そのクラス会議のための、打ち合わせをしないといけないっていうのに……。

 昼休み、約束していたはずの市ノ瀬くんは、また教室から姿が消えている。私はちょっとイライラしながら、奈月とお弁当を食べていた。

 短い昼休み、その半分が過ぎた頃になって、やっと彼がやってくる。

「ゴメンゴメン、忘れてたわけじゃないからね」

 キッとしてにらみ上げたら、彼はちょっとだけ、ひるんだみたいになった。

「おい小山、また生徒会長を通して、上川先輩にチクるなよ」

 それを決めるのは、あんた自身の態度なんだけど、と、思いながらも、何も言わずに横を向く。

「なぁ、話し合いするんじゃなかったのかよ」

 ずっと待っていた私が、どうしてそんな怒られ方をしないといけないんだろう。何か言い返そうかと思ったとき、奈月が割って入った。

「志保、ずっと待ってたんだよ、遅いなーって、ねぇ?」

 気を使って、奈月がそう言ってくれたから、私は仕方なく彼を見上げる。

「出場者名簿の提出期限があるから、クラス会いつにする?」

 彼は空いていた椅子を見つけて、奈月のすぐ隣に座った。私は机の上に、生徒会からの資料を広げる。

「わ、私も、手伝うよ」

 奈月が言ってくれた。私と市ノ瀬くんの始めた話し合いに、彼女が時々意見を出して、話し合いは進んでいく。

 結局、競技内容と募集人数を、事前に教室に貼りだしておいて、会の当日に全部決めてしまおうという話になった。

「市ノ瀬くんは、どの競技にでるの?」

 奈月は聞いた。

「俺? 俺はなんだっていいけど、まぁ、人数少ないところに出ないといけないんだろうな」

「志保は?」

「短距離走はヤダ」

 二人が笑った。

「お前、足遅かったっけ?」

「早そうに見える?」

「見えねーな」

「市ノ瀬くんはリレーに出たら? 選手決め、もめそうじゃない?」

 私がそう言ったら、二人は顔を見合わせた。

「宮谷さんは、リレーでもいいの?」

 彼がそう言ったら、奈月はちょっと恥ずかしそうにして、うつむいた。

「い、市ノ瀬くんが出るなら……、てゆーか、市ノ瀬くんは、それでもいいの?」

 奈月が聞くと、彼はくしゃくしゃと頭を掻きむしった。

「しかたねーだろ、じゃあ俺はリレーってことか?」

「市ノ瀬くんが手を挙げたのに、私も手を挙げるよ」

 奈月がぼそりとつぶやくと、彼はうれしそうに笑う。

「うわマジで? 助かるわー、超心強いし。まあその時の流れ見ながらってことで」

 次のクラス会の日に、出場者を決めることになった。市ノ瀬くんが立ち上がると、奈月は小さく手を振って見送る。

「奈月、本気でリレー走るの?」

「だって、まずそれを決めないと、他の競技も決まらないと思うし」

 私が彼女をまじまじと見つめると、奈月はさらに小さな声で言った。

「だって、志保は絶対走らないでしょ、だったら私が走らないと、しょうがないじゃない」

 その時の奈月は、自分では気づいてなかったのかもしれないけど、顔が真っ赤になっていた。

 結局、もめにもめたクラス会の結果、体育祭全競技の出場者が決まった。

リレーの選手を先に決めようと言ったのにもかかわらず、市ノ瀬くんも奈月もそこでは手を挙げずに、最後に決めようという話しになった。

 司会進行が悪かったのかもしれない、クラスに陸上部がいなかったワケじゃないけど、彼らは2000メートルの長距離と、障害物に手を挙げた。

 そうなると、当然のように綱引きとか玉入れとか、無難な団体競技から選手が決まっていき、そこにあぶれた生徒が必然的にリレーの選手になってしまう。

 奈月と市ノ瀬くん、バスケ部の津田くんと、茶道部の柴田さんと私が選手に選ばれた。とんでもない結末だ。柴田さんと私に至っては、同情を禁じ得ない。

 決定した出場者名簿を持って生徒会室に行くと、案の定それを見た立木先輩に笑われた。

「あはは、やっぱり、生徒会総務は、ほぼリレー対決になっちゃうんだね」

「立木先輩もリレー走るんですか?」

 私がそう聞いたら、先に来ていた淸水さんが笑った。

「毎年、3年のリレーで生徒会長がアンカー走って、転ぶってところまでが、お約束でしょ」

 彼女が笑うと、立木先輩は怒ることなく私に向かって言う。

「ねぇ小山さん、コイツ、俺に転べって言ってるんだよ、どう思う?」

 私は返事に困って、愛想笑いを浮かべておいた。

 淸水さんは立木先輩をからかって遊んでいる。そんな二人の光景に、私は机に視線を落とした。

 そんな仲のいいとこ見せつけられても、私はただ単に、名簿を持ってきただけなんですけど。

 淸水さんがまとめていた2年の出場者名簿、隣のクラスのリレー選手は、全員男子の陸上部で固めてきていた。

「うわ、2年4組、本気メンバーですね」

 私が思わず声を出すと、立木先輩が言った。

「まぁ、特に規定はないしね、各クラスの個性が出るよね」

「そう言えば、慶のクラスは、慶が走るんでしょ」

 淸水さんは私の話を無視して、自分の話を続ける。

「けい?」

「上川のことだよ」

「リレー楽しみだよね」

 彼女は笑った。

「えっと、2年帰宅部の、小山さん? だっけ? 今日、公園掃除の当番だよね、爽介は、ここで名簿の受け取りするんでしょ?」

 この人は立木先輩のことも、爽介って呼び捨てにする。

「じゃ、私と一緒に公園清掃に行こうか、生徒会のほうき、借りてっちゃお」

 そう言うと、彼女は勝手に私に向かって言う。

「はい、これ持って」

 渡されたほうきを、私は黙って受け取った。彼女は立木先輩にそれを告げると、すぐに歩き出す。

「あ、小山さんは終わったら、そのまま帰っていいからね、ほうきは私が戻しておくから」

 そんなこと言われても、ここに鞄を持ってきてないから、そのまま帰れたりするワケは全然なくって、

 結局は学校に戻ってこなくちゃいけないんだけど、この人にはそんな私の事情は一切関係がないらしい。

 公園に向かう途中、通ったグラウンドの横で、淸水さんに気づいた上川先輩が彼女に手を振った。


私は黙ってペコリとだけ頭を下げる。

 10分程度で簡単に終了した公園掃除の帰り道、先に返されて、一人で通った私のことは、上川先輩には気づいてもらえなかった。
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