姉の婚約者
「ようこそ。俺の巣へ」

「巣。……巣?」

 え?ここに住んでるの?なんとなくストンと座った。伊沢さんはどこから取り出したのか、私の前にペットボトルのカルピスを置いた。

「なんですか?これ」

「おいしいやつ。人間ってのは客には飲み物を出すんだろ?」

 それ自体は間違ってないけど、ペットボトルごとは出さない。そんなこといえるわけもなく、私は黙ってペットボトルを開封した。パキッと封の外れる音がする。見慣れない空間でそれだけが知っているものだった。口に含むと、慣れた味が口内に広がった。喉の奥にガツンとくる甘さ。そう言えば飲んだのは友達のマリと先月、カラオケ行った時くらいだ。私が都会から帰ってきたのを喜んでごはんおごってくれたんだっけ?
 これまで遠くてあんまり遊べなかったから嬉しい、そう言ってくれた。もう会えないかもしれない。
 いろいろなことを考えながら一口飲んだ私をみて、伊沢さんがぎょっとした顔をする。

「え?お前泣いてない?」

「私、これから死ぬんですよね」

「……」

 伊沢さんは意外そうな顔をしている。しらじらしいんだよ。そういうのもう沢山なんだよ。

「伊沢さん、多分本物の吸血鬼で、私を消そうとしている。この間ひっかいたからですか?それともただの食料ですか?」

伊沢さんはテーブルに肘をついたまま答えない。ここまでの道のりやしゃべりからなんとなくおかしいとは思っていた。現実にありえないわけではないけれど、きっとこれはオカルトなんだろう。

 カルピスを飲んだ時に私の心はぽっきりと折れてしまった。もしかしたらその前から折れてたのかもしれないけど、もう取り繕えないほどボロボロだ。人生最後を覚悟しているのか私は嗚咽しながらしゃべり続けて、涙はあとからあとから流れてきていた。

「おかしいとは途中から思ってはいたんですよ。アパートの中に鉄柵があってさらに地下に行けるなんて。わざわざあんな道通ったり、ヨーグルト知らなかったり……リアルな現実生きている人間じゃありえないじゃないですか……」

 なんでこの人は私に親しくしたりしたんだろう?

「俺は……」

 伊沢さんが何か話す前に私は慌てていった。

「姉さんも食べる気なんですか?それはやめてあげてください!姉さんは本当に伊沢さんが好きで!」

「……。」
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