春雷

「琴葉さん‥だ、大丈夫なんですか?」

眠っている目のあたりに青黒い痣があった。
殴られたのだろうか。
なんて酷い人間がいるんだろう。

気配のない背中にいる人に、
恐る恐る尋ねてみた。
返事がない。

「あ、あの‥‥」

振り向いた視線の先に、ぞっとする物が目に入ってきた。

!!!!!!

高村先生の白いセーターに
赤黒いシミが飛び散っていた。
(えっ!?模様‥?違う、血だ!!だ、誰の血⁈)

腕のあたりにも、べっとり血がついている。

先生の細い手首には、包帯が巻かれていた。

あまりの生々しさに言葉を失った。

「あ、ああ、これ、ですか。たいしたことないですよ。窓を割って、柴田先生の部屋に入ったんで、ちょっと切っただけです‥柴田先生の血じゃありません‥」

私の視線に気づいた先生が、
なんの抑揚もない、セリフを棒読みしているように口を動かしていた。

(琴葉さんを助けてくれたんだ‥)
窓の外は強い雨が降っている。
病室が静かで、雨音がよく響いた。

「あの‥た、高村先生、ですよね?お、お母さんを助けてくれて、本当にありがとうございました」

絶対、高いセーター。きっともう着れない。
よく見れば、デニムにも血が点々と付いている。
(きっと、必死で助けてくれたんだ‥)

この人が見たものは一体どんな光景だったのだろう。手を切ることも気にせず窓を割って入ったなんて、きっとひどい物を見たんだ‥。

「お母さんのために、怪我させてしまって、ごめんなさい‥」

また涙がにじんできてしまった。
頭を下げると涙がぽたりと床に落ちた。

ゆらりと、高村先生の瞳が揺れた。
「いえ、怪我は勝手に慣れない事をしたせいですから、柴田さんのせいじゃないです。‥すみません、ご挨拶が遅れました。高村と申します」

私に向かって、頭をかるく下げてくれた。
頭を上げた時、やっと感情の入った表情をしていた。幽霊みたいで怖かったので、安心した。

「いえ、お母さんも、先生に怪我させてしまって、悲しいと思います。本当にありがとうございます‥」

私は椅子から立ち上がって、深々とお礼をした。

「それで‥、何があったんですか‥?」
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