クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
8.言えない



年が明けた。年末年始の3日間は実家に顔を出し、久しぶりの団欒を味わいマンションに戻った。ひとり娘の私に、両親は結婚を急かしたりしない。自分たちもさほど早い結婚でもなかったし、私が自立しているなら結婚しなくてもいいと言ってくれている。本音は違うのだろうけれど、私を尊重してくれる両親を尊敬しているし感謝している。

仕事始めの日は少し緊張した。千石くんと会うのはあれ以来だ。私は普通の表情ができるだろうか。
彼はいつもと変わらず接してくるだろうか。

これは毎年のことだけど、始業時刻とともに新年の挨拶を総務部長が述べる。
秘書課や管理課もオフィスに集まり年始のミーティングとなるのだが、どういうわけか千石くんがいない。出勤していないのだ。
デスクはそのままだ。デートした時に考えたことが脳裏をよぎる。やはり彼は総務を出ることになったのだろうか。

もやもやしたまま、総務部長の話を聞き、各課長の挨拶を終えるとミーティングは終わった。各々が仕事場に戻る中、総務部長が大きな声で呼びかけた。

「横手くん!聞いたよ」

横手さんが秘書課のオフィスに戻る前に部長に捕まっている。それだけなら、誰も気にしない光景だ。しかし次に総務部長は誰憚ることなく大声で言った。

「ご婚約おめでとう!我が社の未来の社長夫人だそうじゃないか!」

その言葉に、総務部全体がざわつき、それから誰もが静かに動きを止めた。話の内容に耳をすませるために。
私はひとり表情すら動かせずにいた。全身に冷水を浴びせられたような気持ちだ。
横手さんが婚約?
社長夫人ってことは……相手は……。
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