エリート弁護士と婚前同居いたします
同居
上尾さんに自宅を案内してもらった日から二週間ほど経った日曜日。今日から私は彼と一応、同居することになる。

 彼の自宅を案内してもらったあの日、キスをされて戸惑いを隠せない私に、彼は逃げ道を用意してくれなかった。そのまま姉が帰宅していることを見越して自宅へ私を送り届け、同棲について許可を取り付けるべく、玄関先でいきなり姉に頭を下げた。姉はそんな彼の行動を予想していたのか驚かなかったが、私はうろたえていた。まるで交際を認めてくださいと姉に懇願に来ているようだ。

 姉は普段と変わらない笑みを浮かべて、彼を家の中に招き入れた。彼の自宅とは雲泥の差がある狭いリビングのソファに腰かけて、彼が姉と向かい合う。姉は自室から運んできた丸い木製の椅子に座る。どんな時も慌てない彼女は終始落ち着いて、上尾さんの話を聞いていた。

『茜はそれでいいの?』
 穏やかな声で彼女は私に問う。
 チラ、と私は右隣に座る彼を見る。本当はまだ迷っている。でも彼はその綺麗な瞳になんの感情も浮かべずにただ黙って私を見つめ返すだけだった。まるで私の好きにしろと言わんばかりだ。

 さっきまであんなに強気で私に迫っていたくせに、どうして何も言わないの?
 彼の様子になぜか腹立たしさがこみ上げる。その時、顔は真っ直ぐ姉に向けたまま彼がギュウッと私の右手を握りしめた。伝わる彼の温もり。最近知ったこの温もりはなぜか私に安心感と切なさ、落ち着かなさを運んでくる。

 ほんの少し前まで腹が立っていたのに、気がつけば私は姉に頷いていた。
『お姉ちゃん、私、上尾さんと暮らす。だからお姉ちゃんはお兄ちゃんと幸せになってね』
< 51 / 155 >

この作品をシェア

pagetop