幼なじみの甘い牙に差し押さえられました
1章

プロローグ

約束は叶わないから嫌い。

ママはいつも約束を破られて泣いてるけど、それなら最初から約束なんかしなきゃ良いのにと思う。



その日、1日ぶりに登校すると部活の朝練後に涼介に呼び止められた。


「たまきん、どしたの? 大丈夫?」


たまきんというのは私の渾名だ。「環」という名前で男っぽい見た目となれば、必然的に男子にはこう呼ばれるのだ。


「全然平気だよ、むしろ絶好調!
今日はディフェンスも褒められたもん」


「じゃなくて顔だよ、顔。左腫れてるじゃん」


「ああ、これ? ママの彼に殴られた」


涼介の顔を見て「まずいこと言っちゃった」と後悔する。これでも控え目に伝えたつもりだけど、マトモな中学生の常識だとこういうのは『可愛そう』な話になるならしい。


「これくらい平気だよ。むしろラッキー」


「何でだよ」


「だってママは私を殴った彼氏とは別れるもん」


だから今回だってきっとそうしてくれると、祈るように自分に言い聞かせる。

涼介は良い奴だから、難しい顔をして考え込んでしまった。ずっと前から友達だけど、こういう時には私と住む世界が違うと思い知らされる。




「………授業、サボろうぜ」


涼介が足元のバスケットボールをゴールに投げる。しゅんときれいな弧を描いてボールはゴールリングを通り抜けた。


「私は良いけどさ。涼介は内申とか気にした方がいいんじゃないの?受験に響くよ」


「誰に言ってんだよ。ちょっと内申下がったくらいで高校なんか落ちる気しねーよ」


「うわぁチビ助、自慢かよ」


「うっせーたまきん」と涼介に睨まれる。チビ助というのは、背の低い涼介をからかう時に使う渾名だ。私は170センチを軽く越えてるので、涼介は目線ひとつ分くらい私より背が低い。





「……ここは落ち着くなぁ」


木陰の芝生に寝転ぶと、熱を持った頬の上を風が通り抜けて気持ちいい。


「あちーよ、家の方が涼しくていい」


「涼介の部屋涼しいの?良いなぁ、さすがお金持ち」


涼介がさっきと同じように難しい顔をしてる。私はまた変なことを言ったらしい。
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