結婚願望のない男
5章 3人の共同作業
島崎くんに告白されてから一週間が経った。7月に入り、梅雨も終盤となった頃だ。私はとくに返事をすることもなく、彼もまたいつもと態度を変えることもなく、何事もなかったかのように日は過ぎていく。


彼の気持ちはうれしいけれど、やっぱりいきなり付き合うというのは難しい。なにせこれまで異性として意識していなかっただけに、お付き合いできるかどうか判断するにはまだ彼のことを知らなさすぎる。もちろん彼が良い人なのは十分わかってるけれど、プライベートな部分は知らないことが多いのだ。それに、山神さんのこともまだ吹っ切れてなくて、中途半端な気持ちでお付き合いするのも悪い。どこかでタイミングが合えば、「ゆっくり島崎くんのことを知っていきたい」とでも返そうかと思うけれど……。


キーボードを打つ手を止めてそんなことを考えていると、課長が声をかけてきた。

「品田、ちょっと来い」

課長に呼ばれると碌なことがない。私は少し身構えながら速やかに課長のデスクに向かう。

「な、なんでしょう」

「とある食品メーカーから、新商品のキャンペーン効果分析の引き合いが来ている。オリエンにうちの部から誰か来てほしいそうだが、お前行けるか?」

そう言って、うちの営業が作ったらしい資料を見せてきた。
『新商品キャンペーン効果分析 キャンペーンサイトのアクセス測定+ユーザーアンケート』
…中身はうちの会社では一般的な案件で、とくに難しそうなことはない。希望納期が書いてあって、それが少し厳しそうなので要相談といったところか。そんな調子でざっと下まで読み進めていくと…


『発注元:ワタナベ食品』


資料の下部に記載されていた文字が私をくぎ付けにした。
(…山神さんの勤務先…!)
私は動揺していることを課長に悟られないよう、ぎゅっと口を結んだ。

(い、いや…。ワタナベ食品はあれだけ大きな会社で、しかもこれはマーケティング部門の案件だから、開発系の部署にいる山神さんが出てくることなんてありえない。こんなことで動揺してバカみたい…)
私は小さく頭を振って気持ちを切り替える。

「内容はそんなに難しくなさそうだが、納期が今月末のキャンペーン終了から四週間で…9月上旬から中旬ぐらいか。少しきつそうだが、融通がきくかどうか」

「はい、納期は少し気になりますが、ざっと見た感じは特に問題ありません。私にやらせてください」

「じゃあメイン担当は品田で。ただ、案件の規模は大きめだし、お前一人じゃ不安だからな、もう一人サブをつけようと思う。さて誰がいいか…」
課長がそう言って部内を見渡した。

(一人でやってまたミスしたら大変だし、仕方ないよね…。この案件なら誰とペアがいいかな…)と、私もフロアを見渡そうとしたところで、数席離れたところにいた島崎くんが突然、「僕にやらせてください」と言って立ち上がった。
(島崎くん!?)

「お、なんだ島崎、聞こえてたか。確かお前は今…そこそこ案件を抱えていると思うが大丈夫か?」

「大丈夫です。その案件、納期が9月半ばまでってことですよね?今担当している案件の数は多いですが、納期はうまくズレてるので問題ないと思います」
島崎くんが自信たっぷりに答えるので、課長は「そうか」とすぐに納得したようだ。

「じゃあ品田と島崎で頼む。営業にはお前らが行くと返事をしておくよ。まずはオリエンに参加して、何か問題があればまた相談してくれ」

「わ、わかりました…」

この場で私が断るのもおかしいし、黙って受け入れるしかなかった。
(島崎くんに告白されてからは、一緒に仕事をすることがほとんどなかったけど…。彼は気まずくないのかしら…)
< 43 / 78 >

この作品をシェア

pagetop