王子様とブーランジェール



一段とデカく響く悲鳴に、体がびくついた。

と、同時にガラガラドカン!とデカい物音や、木々、枝のバキバキッ!と鳴る音も聞こえている。

そのけたたましさは、尋常ではない。

岩でも転がってきたか?



何なんだ?今のは!

この汚すぎる悲鳴の主は、もちろん桃李に決まってる。

だが、いつもの様子とは違う。



「…桃李」

「あ、ちょっと!竜堂くん!」



すごく、嫌な予感がする。

そう思うと、無意識に来た道を走って引き返していた。

柳川が「ちょっと待って!」と、後を追ってくるが、そんなの構っていられない。




早く、急がねば。

あの悲鳴、いつもと様子が違う。



そう感じてしまった以上、嫌な予感がまとわりついて、離れない。



(…桃李!)



走ってまもなく。

松嶋の姿が見えた。

気持ち悪いコースの向こうにある、絶壁を見下ろして、立ち尽くしている。



「…松嶋ぁっ!」

「あ、竜堂のダンナ」



しかし、そこにいるのは松嶋のみで、桃李の姿が見えない。

嫌な予感は的中したのだった。



走り抜けてきた勢いで、一気に松嶋に掴みかかる。



「…おまえ!桃李はどうしたんだ!…どうしたんだって!」

「わっ!わわわっ!落ち着いて落ち着いて!」

さすがの松嶋も真っ青になっており、自分の胸ぐらを掴んでいる俺の手を宥めるように叩く。

落ち着いて?…落ち着ける状況か!



「桃李は…桃李はどこへ行ったんだ!」



すると、松嶋は、コースの向こうにある絶壁を指差した。



「落ちた…芸術的に」



やはり…!



コースの淵に張ってある、紐と杭で作られた簡易的な柵が、見事にぶち破られて抜けている跡がある。

まさか、ここから落ちたのか…!

その向こうは、笹藪と大木で埋め尽くされ、角度がついた傾斜、絶壁になっていた。

麓には川がザーザーと流れている。



松嶋から手を離し、その落ちたと思われる絶壁を見下ろす。

小さい懐中電灯で照らしてみるが、人の姿はない。

「…桃李!」

呼び掛けてみる。

だが、返事はない。

「桃李!…桃李!」

声を大きくして、何度も呼び掛けた。

だが、聞こえるのは、激しく流れる川の音のみだった。



桃李が、落ちた。

この絶壁から…落ちた!



何で…何でこんなことに!






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