仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
第五章 懐かしい人
美琴の私物は、玄関近くの納戸部屋に全て移した。

元々、それほど物を持っていないので、納戸部屋が狭くなることは無かった。

ただの白壁に、チークのフローリング、照明はダウンライト。
飾り気のない部屋だけれど、扉を閉めてひとりになるとホッとした。

一希と仲の良い夫婦になるという希望は粉々に砕け散ったけれど、代わりに自由を手に入れた気になっていた。

傷つけられ、傷つけたけれど、もう涙は出なかった。



翌朝。
久々にぐっすりと眠った美琴は、六時に目を覚ますと、自分の身支度をしてからコーヒーを落とした。

良い香りがリビングダイニングいっぱいに漂う頃、一希が寝室から出てきた。

「おはよう」

昨夜の争いなど無かったかの様に挨拶をすると、一希は意外そうな顔をした。

無視されるかと思っていたけれど、彼は美琴を観察するように眺めて言う。

「あんなところで眠れたのか?」

「いつもよりぐっすりと眠れました。結構快適だった」

正直に答えると、一希は不満そうに眉根を寄せた。

(私が根をあげると思っていた?)

思い通りに行かないから腹を立てているのだろうか。
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