二人の距離の縮め方~弁護士は家政婦に恋をする~
こいびと
「何でもっと甘えてくれないの?」

学が不満げにそう言ったのは、付き合い始めてから半月程たった、ある夜の事だった。
芽衣は大学の夏休みに入った事もあり、平日の夜も、週に二回ほど学のマンションで夕食を共にしている。

「学さんが、甘やかしすぎなんです」

芽衣は頬を膨らませるようにして言う。

「僕はただ、せっかくの夏休みだし、どこかに遊びに行こうと誘っているだけだよ?」

夏休み中は、芽衣の家政婦の仕事も、訪問先の都合で変更や休みになる事が多い。ちょうど今週末、珍しく連休になった。ゆっくり一緒に過ごせるね、と確認し合ったところまでは問題なかった。

そこから具体的に、二人ですごす休日の予定を立てはじめると、学と意見がすれ違ってしまったのだ。

「私は、ここでのんびりしているのが好きです」

本当は芽衣にだって、多少無理してでもどこかに遊びに行きたい気持ちはある。しかし、外に出ると学との生活レベルの差をまざまざと見せつけられる。

学には理解できないだろう。

初めてのデートで入ったレストランのメニューに、芽衣が内心怯えていた事。
学からもらった誕生日プレゼントのネックレスが、シルバーでなくプラチナで、芽衣のイニシャル「M」に添えられていた赤い石が、本物のルビーだと知って、家のどこに隠せばいいのか悩んだ事など。

彼が当たり前のように、自分のためにお金を使おうとするのを、芽衣は素直には喜べない。
いろいろな場所へ連れて行ってくれようとすることも。
芽衣にとっては、彼の家ですごす方が気持ちが楽だった。

「せっかくの休みなんだから、遠慮しないでいいのに」

いつもは、「君がそれでいいなら」と芽衣の意思を優先してくれる学だったが、この日は珍しく引き下がらなかった。

「ごめんなさい……」

機嫌を損ねてしまったのだろうかと、芽衣は学の顔色を伺った。近づくと、急に手を引かれ、学の身体をまたいで膝を突く体制になり、そのまま抱き寄せられる。

「芽衣は、意外に頑固だよね」

耳元で学が囁いた。彼の声音から怒りの感情は読み取れない。せっかくの好意を拒絶して、気を悪くしたのかもしれないと思っていた芽衣の不安は和らいだ。が、同時に耳にかかる彼の吐息がこそばゆくて、なんだか落ち着かない。
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