キミに降る雪を、僕はすべて溶かす
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「志室さん。明日なんだけど・・・残業って無理っぽいかしら?」

セミロングのゆるふわな髪をバレッタでハーフアップにした吉井さんが、ちょっと申し訳なさそうにこっちを窺う。

来店客用のテーブル席が三つほどある店舗スペースの奥が、オフィススペースになっていて。お昼休憩で二人きりの時、お弁当を広げながら、思い出したように向かいのデスクから彼女が訊いてきたのだった。

「えーと、特には大丈夫、ですけど」

笑顔を貼り付けて返したけど。内心、『入社する前は残業なしって言っておいて、実はやっぱりブラック企業?!』って疑心暗鬼になっても当然だよね?
そんな微妙な顔付きをあたしがしてたのか、吉井さんは「たまにしか無いことなんだけど」と優しそうに微笑んで前置きする。

「明日、羽鳥さんのお客さんの契約が、夕方の6時半からあるの。だいたい2時間くらいかかるから、私も雑用のお手伝いで残るのね。もし都合が悪くなかったら、契約の流れを憶えるのに志室さんも一緒にどうかって、羽鳥さんが」

「! あっ、ぜひお願いします・・・っ」

仕事を覚えさせてくれる為に、わざわざ声を掛けてくれたんだと分かって、ちょっと泣きそうになる。・・・ゴメンナサイ、ブラック企業とか疑って!

「でね。終わったら、志室さんの歓迎会も兼ねて、羽鳥さんがご馳走してくれるみたい」

吉井さんはほんの少し、悪戯っぽく口角を上げて言う。

「いえ、そんな!」

胸の前あたりで手をパタパタさせて、遠慮のポーズ。
すると。

「私も志室さんとゆっくり話してみたいし、ダメ・・・?」

確か、来年の一月で31歳って聞いた、オトナ美人の彼女に可愛らしく上目遣いでお願いされちゃった。いえ、全然ダメじゃないです!

「良かった。羽鳥さんには言っておくわ。・・・あ、でも他の人には内緒にしてもらっていい?」

「?」

「別に仲が悪いとかじゃないんだけど、個人プレイな会社だから」

そう言って、困ったように吉井さんは小さく笑んだ。
うん、確かに。『みんなで頑張ろう!』的な、和気あいあいの雰囲気は皆無だよね。
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