平凡女子ですが、トリップしたら異世界を救うことになりました
第三章
 翌日の午前中。湯殿から戻った桜子の耳に、美しい音色が聴こえてきた。

「ディオンさまが弾いているのね。悠長なことでっ!」

 ザイダの処分が心配で、桜子はもう一度かけ合おうとひと晩中考えていた。しかし、この国の法に異世界から来た桜子が口を出してはいけないと、自分に言い聞かせて我慢していた。そこへディオンが奏でる麗しい曲だ。

「そもそも、イアニスさまが好きなのに、女官たちにもいい顔をしているからいけないのよ。だから女官たちは自分に気があると思って――」

 込み上げてくる不満が思わず口から出る。

「誰が、イアニスを好きなんだ?」

 窓の外からディオンが見ていた。

「きゃっ!」

 突然のディオンの出現に、桜子は肩を跳ねさせて驚く。

「ディ、ディオンさまっ! そんなところから――ああっ」

 ディオンはひらりと窓を乗り越えて、桜子の部屋に下り立つ。

 呆気に取られる桜子に、ディオンは微笑みを浮かべて近づいてくる。

「湯浴みに行ったのか。綺麗な黒髪が濡れている」

 布でざっと拭いただけの髪へ、ディオンの長い指が触れる。その瞬間、桜子は心臓を痛いくらいドクンと跳ねさせてしまう。

「ちゃんと拭かなければダメだ。熱がぶり返す」
「も、もう平気です」

 髪に触れるディオンの指から離れようと、一歩下がる桜子だ。その動きに、ディオンの美しい顔が顰められる。

< 99 / 236 >

この作品をシェア

pagetop