一目惚れの彼女は人の妻
痴漢癖の対処法〜宏美Side〜
 1時間半で懇親会は終わったけど、私にとってはその倍ぐらいの時間に感じた。

 料亭を出てから、私はチラチラと視線を走らせ、俊君の様子を窺った。もし俊君が一次会で帰るようなら、彼を二人だけの二次会に誘うつもりだ。もし彼がみんなと二次会に行くなら、私はどうしようかな。私も行って、二人だけの三次会に誘うとか?

「田村君、君も行こう」

 不意に田中部長から声を掛けられた。どうやら部長は、齋藤さんと二次会に行くらしい。俊君が行かないなら、もちろん私も行かないわけで、俊君を見たら、背中を向けて歩き出していた。

「すみません。今夜は遅いので、私は失礼します」

 と言って田中部長に頭を下げた。早く俊君を追いかけなくちゃ!

「まだそんな時間じゃないだろ?」

 え? ああ、それもそうか。失敗したなあ。

「母の具合が悪いんです。すみません」

 さすがにこの言い訳なら、誰でも諦めるほかないわけで、初めからそれを言えばよかったんだわ。

「そうか。お大事に」という田中部長の言葉を背に、私は俊君を追いかけた。走って転んだり、ヒールが折れたら困るので、早歩きで。

 でも、俊君の姿は見えなかった。駅へ向かったとは思うけど、地下鉄かJRか、どっちの駅だろう。あ、そうか。初めて彼を見たのは私が降りる駅でJRだった。考えてみたら、俊君と私はたぶんご近所さんだもんね。

 という事で、JRの駅に向かって行ったら、雑踏の中に俊君らしい男性の後ろ姿を見つけた。グレーの上着に栗色の髪。背はすらっとしていて、俊君で間違いないと思う。
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