危ナイ隣人

言エナイ想い

今でもよく覚えてる。

お兄ちゃんが私の前から姿を消したのは、ホワイトデーの前日のことだった。



暦の上では春だというのに家の外は底冷えする寒さで、バレンタインのお返しにと、大学生だったお兄ちゃんは土曜日の朝から、近くのお店でケーキを買ってきてくれた。


お母さんと一緒に作ったヘタクソなクッキーが、純白の上で色とりどりのフルーツが輝くケーキになって返ってきたことにびっくりして。

何より、普段忙しくしていたお兄ちゃんが私のために時間を割いてくれたことが嬉しくて、幼い私は飛び跳ねて喜んだ。



「明日は予定があるから、1日早くなってごめん。その分、今日はいっぱい遊ぼうな」

そう言ってお兄ちゃんは申し訳なさそうにしていたけど、私にとってはお兄ちゃんを1日中独り占めできることが嬉しくてしょうがなかった。

1日早いとか、そんなのどうだってよかった。


だって、お兄ちゃんは昔からずっと、私にとって憧れで、自慢で、かっこよくて、大好きな存在だったから。



「お兄ちゃん、いっしょにお昼ごはん作ろうよ。あかね、オムライスが食べたいなぁ」


「あぁ、いいよ。待ってるから、先にエプロン取っておいで」


「うん!」



当時はパパって呼んでたお父さんも、ママって呼んでたお母さんも仕事で家にいなくて、二階建ての一軒家には私達2人の声だけが響いていて。
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