彼女を10日でオトします
8日目。


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 高円寺駅のバス亭は、いつものように通勤、通学の人たちで溢れていた。

 昨日の空模様から一転、霧のような雨が降りしきる。

 屋上から見上げた青い空を思い出す。
 その青には、水分をあまり含んでいない幅広のハケで白い線を引いたような雲しかなくて。

 時刻表より、少しだけ遅れてバスが到着した。
 同じ方向へむかう人たちがその中に吸い込まれていく。

 傘をたたんで私もその群れに混じった。

 眼鏡のない景色は、数字ばかりでチカチカするけれど、それが清清しく感じる。

 不思議だけれど。

「キョン」

 バスの中の通路を、押されながら歩いていると、声をかけられた。

 その声は、私にまっすぐ届いた。

「たすくさん」

 たすくさんは、すいませーんと言いながら、バスの奥のほうから人を掻き分けながら近づいてくる。

「キョン、おはよう」

 私のすぐ近くのつり革にぶら下がるようにつかまって、にっこりと笑った。

 顔が近い。

「き、今日は早いわね」

 昨日は平気だったけれど、一晩明けると、なぜか、恥ずかしくなるもので。

 キス、してしまったのよね。

 お礼でされてしまったと、言い訳したいところだけれど、実際、抵抗もなにもなく、してしまったわけだから……。

「キョンに早く会いたくて」

 そして、キスした相手は、真顔でこういうことを言う。

 恥ずかしくないのかしら。
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