密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 こうして影から見守ることしか許されない私にも、一度だけセオドア殿下と視線を交わしたことがある。主様の戯れで、食事の席に同席させられたのだ。
 互いの従者を一人だけ伴い、仮面で素顔を隠しての食事会だった。
 主様は私を、セオドア殿下が誰を連れていたのかはわからないが、四人でテーブルを囲んでいた。
 最後まで私たち二人は言葉を発することなく食事を終えていたけれど、セオドア殿下からの視線はまさの刺さるようなものだった。そのため仮面越しに、視線が合ったことを鮮明に記憶している。
 主様は料理は美味しいか、飲み物は足りているかと、世話を焼くようにたくさん話しかけて下さったけれど、あれは身の置き場に困る催しだった。
 主様のことは信頼しているし、尊敬もしているけれど、高貴な方のお考えは理解出来そうにないとも感じた瞬間だ。
 そもそも密偵が主の食事に同席させられる。しかも顔を隠してとはどういう状況だろう。今思い返しても理解が及ばない。
 それに比べれるのなら、お二人の食事は普通の、兄弟の席だ。しかし見ているこちらが不安になるほどの、殺伐とした雰囲気を放っている。
 沈黙を破ったのはセオドア殿下からだった。

「今日は随分と大人しいな。ルイス」

「食事中は騒ぐものではありませんよ。兄上」

 これはそういう意味ではないと理解した上での発言だ。
 嫌味が通じないどころか、嫌味たっぷりに返されたと勘違いしたセオドア殿下の表情は険しさを増す。

「お前は俺に王位を奪われて悔しくないのか?」

 セオドア殿下が核心に迫った!?

 それは私も、おそらくジオンも気になっていたことだろう。
 これを聞くための食事会だろうか。セオドア殿下は前置きもなく斬りこんでいく。
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