密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「陛下が決めたことであれば不満はありません。追放なりなんなりと。俺は陛下と次期国王陛下に従うだけですよ」

 その瞬間、目に見えてセオドア殿下の怒りが爆発する。力の限りテーブルを叩きつけ、食器が嫌な音を立てた。

「お前はいつもそうだ! そうやってのらりくらりと、へらへら笑ってばかりいる! 不満はないのか!? 何も? 後悔は、城での暮らしに未練はないというのか!? 王子であることにも!?」

 主様は激高など気にも止めず、ゆったりと目の前に並ぶ料理を眺めていた。

「そうですね。もうこの城の料理を食べられないと思うと、少し残念ではありますよ」

 確かにテーブルに並べられた料理は見た目も美しく、口にすれば味わい深いだろう。
 前世でいうのなら、就職祝いに両親にご馳走したレストランのフルコースに似ている。友達の結婚式に参列し、披露宴で食べた料理にも似ていた。そういった特別な日に口にするような、豪華なメニューばかりだ。

「兄上こそ、落ち着いて食事をされてはいかがです? 俺がこの料理を食べられるのもあとわずか、晩餐くらいは楽しませてほしいものですね」

 などと主様が告げればまたしてもセオドア殿下の逆鱗は撃ち抜かれていた。
 誰が聞いているわけでもないのに、私はフォローを入れたくてたまらない。

 いいですが、セオドア殿下。主様にとって料理の件はおそらく本心なのです。主様は常日頃から城の食事は美味しいと褒め称えておりました!

 とはいえ聞こえもしないセオドア殿下にとっては痛烈な皮肉に聞こえたことでしょう。ナイフをへし折らんばかりの憤りを見せている。銀食器のナイフは普通メキメキしない素材のはずだが……。
 しかしセオドア殿下も主様との付き合いは長い。なんといってもご兄弟であり、ここで怒りを露わにしては負けだとわかっている。
 それきり無言のまま食事を進め、早急に席を立たれていた。懸命な判断だ。

 ありがとうございます。セオドア殿下。

 私はこの時、初めてセオドア殿下に感謝という感情を抱いていた。
 殺風景な食事風景は心臓に悪かったけれど おかげで進むべき道を見つけることが出来た。
 この原因を作った張本人もセオドア殿下ではあるけれど、一応感謝の念くらいは抱いておこうと思う。
 個人的にセオドア殿下の弱みを探すのは止めておくことにした。
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