密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 自覚したところで前世の光景が止まることはない。過去の時間は着々と進み、私はあの日と同じ行動を体験していた。
 あの日のことはよく覚えている。忘れようとしても決して忘れることは出来ない。あれは沙里亜にとって人生で最低最悪の日だ。

 思い返せば今日は朝から『ついてない』ことの連続だった。

 いただきますと手を合わせ、魚をほぐそうとしたら箸が折れた。言っておくが割り箸ではない。
 湯呑を握れば亀裂が入っていたのか大破し、盛大に服を濡らしてしまう。
 和柄の箸も、そろいの茶碗も気に入っていたのに、今日はついてない。

 そんなに馬鹿力じゃないはずだけど……

 そんなことを考えながら急いで着替え直し、履き慣れたパンプスを選んで立ち上がる。
 愛犬の見送りで家を出ようとすれば、タイミングよくヒールが壊れて玄関のドアに額をぶつけた。鈍い音が頭に響く。

 また、ついてない。

 いつもよりヒールが高くなってしまう不安はあるものの、仕方なく予備の靴に切り替えて出発。オフィス街の一角にある会社までは電車に揺られて片道一時間ほどだ。
 けれど珍しく渋滞に巻き込まれたバスは時間通りに到着せず、いつもの電車に乗ることは出来なかった。
 それも一本や二本の見送りではない。おかげで会社に到着出来たのは遅刻ぎりぎりの時間となってしまった。
 こんなことは初めてだ。毎日余裕をもって着くようにしているのに。
 とはいえいつまでも落ち込んではいられない。ここからは仕事の時間だ。出勤してから定時まで、パソコンと顔を突き合わせながらのディスクワークが続く。

 しかしここでも私の『ついてない』は終わらなかった。

 パソコンを立ち上げれば突然の機械トラブルに見舞われ、印刷をかければインク切れ。ボールペンで書き物をすればこちらもインク切れ。
 書類を手渡せば季節外れの静電気。昼休みにコンビニに向かえばお気に入りのおにぎりだけが欠品……

「厄日かよっ!」 

 いい加減、我慢の限界を迎えた私は会社であることも忘れ、盛大に叫んでいた。
 しかしこれまでの事象は序章に過ぎなかったのだ。
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