密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「山崎沙里亜さん。君には退職してもらうことになったよ」

 社長室に呼び出された私こと沙里亜を本日最大の不幸が襲う。

「急にこんなことになって、本当に申し訳ないと思っている。会社の業績が悪化してね。どうしても、その……仕方がないことなんだ。もちろん退職金は払おう。有給も、これからしっかりと消費してもうつもりだ」

 社長が何か話しているけれど、ほとんど頭に入ってはこなかった。
 珍しく定時で帰れるというのに足取りは重く、次第に良くない考えばかりが渦巻いていた。

「私、いらないって言われちゃった……」

 あんなに頑張って働いてきたのは無意味だったのか。
 内定をもらえて嬉しかった。大した取り柄のない私でも必要とされたことが嬉しくて、この会社に就職を決めた。
 将来の夢も、なりたいものも特になかったから、せめて必要とされた場所で精一杯頑張りたいと思った。

 でも……。先輩から仕事を褒めてもらえた。後輩からも頼りにされていると、そう感じてたのは勝手な思い込みだったのかもしれない。

「これからどうしよう……」

 失業したらどうすればいいの? 職業相談所? 転職サイト?

「あ、履歴書?」

 何が何だかわからないまま、手近なコンビニに立ち寄り履歴書を購入していた。
 ふらふらと店から出たところで横断歩道の信号は当然のように赤く、ついてないことはとことん重なるらしい。この信号は長いことで有名だ。
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