シンデレラと恋するカクテル
第3章
〇狭いアパートの一室(自宅)

菜々は通信教育の会社から在宅で引き受けているテストの添削のアルバイトをしていた。

菜々「ふぅーっ、やっと終わったぁ」
(丸付けのアルバイトは一枚あたりの単価が低いけど、空いた時間にできるからいいよね)

菜々はこたつ机の上のプリントを重ねて揃えて封筒に入れ、しょぼしょぼする目をこすって伸びをした。そのまま畳の上にごろんと寝転ぶと、年季の入った板天井が目に映る。

菜々(晩ご飯は何にしようかな……。冷凍庫のご飯を解凍して、卵とツナの丼でも作ろうか……。あ、でも卵がなかった。野菜もないし、買い物に行かなきゃだわ)

菜々は勢いよく起き上がると、ボディバッグを背負い、エコバッグを持ってアパートの部屋を出た。階段を下りて駐輪場に行き、自転車に跨がる。少し遠いが、クビになった家庭教師先の近くにある業務用スーパーに行くことにする。たまたまバイトの帰りに見つけたのだが、生鮮食品から調味料まで、この辺りでは一番安いのだ。

菜々「ひぃ、ふぅ、はぁ」

川沿いのサイクリングロードへと向かう坂道を立ち漕ぎしていると、息が上がってくる。けれど、坂を登り切った先には、ゆったり流れる川に沿って歩道とサイクリングロードが土手の上を併走していて、風が吹き抜けて気持ちいいのだ。もちろん、走っている自転車のなかには、菜々のようなママチャリではなく、前カゴのないスタイリッシュなレース用の自転車なども多い。

七月中旬の今、自転車を飛ばすと汗を掻くので、菜々は周囲の景色を楽しみながらゆっくり自転車を走らせた。川面では陽光を浴びた水面がキラキラと輝いていて、ベンチに座ってそれを眺めているお年寄りや、河原の公園で遊ぶ親子の姿がある。視線を川と逆方向に向けた。見えてきた中学校を過ぎてしばらく走れば、目指す業務用スーパーがある。

菜々「あ」

そのとき、見覚えのあるダークブラウンの外壁のマンションが視界に入ってきた。サンドリヨンのあるマンションだ。二階はダンススタジオになっていて、三階には図らずも一泊してしまった永輝の部屋がある。彼は今部屋にいるのだろうか、と思ったとき、はす向かいの公園に、ボトルを投げ上げている男性の姿が小さく見えた。

菜々(永輝さんだ!)

菜々はサイクリングロードから下りるアスファルトの道へとハンドルを切り、細い坂道を下った。住宅に遮られていったん公園は見えなくなったが、角を曲がるとすぐに公園が視界に入ってきた。

砂場しかないその公園に今いるのは永輝だけだ。開けた場所で左右の手に二本ずつ持ったボトルを順に投げ上げていたが、一本のボトルが彼の手をすり抜け、地面を叩いた。

菜々(大変っ、割れちゃう)

菜々は大きな音がするものと身構えたが、ボトルは鈍い音を立てて地面を転がった。永輝は大きく息を吐くと、三本のボトルをベンチに置いて、水飲み場へと向かった。そうして蛇口をひねり、噴き上げてきた水をゴクゴクと飲んでいたが、やがて目をつぶって顔に水を浴びた。彼が勢いよく顔を上げて首を振り、髪から銀色の滴が飛び散って、キラキラと輝く。

菜々(なんか……キレイ)

その様子に見とれていると、永輝が視線に気づいたのか菜々を見た。一瞬目を見張ったものの、すぐに笑顔になる。

永輝「やあ、菜々ちゃん」
菜々「こんにちは」

菜々は自転車を押して公園の入り口に駐めた。

永輝「どうしたの、散歩?」
菜々「いいえ、買い物に行こうかと思ってたんです」
永輝「わざわざこんなところまで?」
菜々「はい。この先に業務用スーパーがあって……」
永輝「天気もいいし、まだそんなに暑くないから、サイクリングにはもってこいだね」

永輝は地面に落ちていたボトルを拾い上げた。

菜々「永輝さんはフレアの練習ですか?」
永輝「そう。暇だから」
菜々「暇、ですか」

永輝がベンチに腰を下ろしたので、菜々もその横にちょこんと座った。

永輝「時間があるとさ、いろいろと考えちゃうだろ。そういうの、面倒だから」

菜々は永輝の顔を見た。彼はどこか寂しそうな表情をしている。

菜々(私がアルバイトをいくつも掛け持ちしているのは、時間ができたときに両親のことを思い出したくないからだけど……もしかして、永輝さんも同じような理由でフレアをしていたのかな?)

菜々「いろいろって……もしかして、深森さんもお父さんとかお母さんのことを考えちゃうんですか?」
永輝「え?」

永輝は不思議そうに菜々を見た。

菜々「あ、ごめんなさい。何でもないです」

菜々(思い込みで訊いちゃったけど、深森さんのご両親はお二人とも健在かもしれないのに)

永輝「親のことはあまり考えたことないなぁ。二人とももう定年退職しててね、毎日一緒に散歩したりときどき旅行に行ったりして、仲良く暮らしているよ。兄貴夫婦が近くに住んでいて、子どもを連れてよく遊びに行くみたいだし。それなりに楽しそうだね」
菜々「そうですか……」

永輝は体の後ろに手をついて空を見上げた。

永輝「ふとした瞬間に、過去を振り返ってしまうんだ。あのときああしていたら、違った結果になったんじゃないか、とかね。そうやって悩むのはめんどくさい。そうやって考えたくないから、夢中になれるものを探す。フレアとかかわいい女の子とか」

永輝は菜々を見てニヤリとした。

永輝「菜々ちゃん、俺と付き合ってみない?」

菜々は目を見開いた。

菜々「私のことは口説かないって約束でしたよ」
永輝「そうだったなぁ、そんな約束、しなきゃよかった」

永輝は残念そうに言った。そうしてしばらく青空を見上げていたが、ぽつりと言った。

永輝「本当はね、前の彼女のことを考えてしまいそうになるんだ。だから、忘れようと思って」
菜々「前の彼女……?」
永輝「そう。いや、正確に言うと、彼女の後、何人かと付き合ったから、前の前の前の……何人か前の彼女ってことになるんだけど」

永輝はいたずらっぽく笑った。

菜々「その前の前の前の……何人か前の彼女さんってよっぽどステキな方だったんですね」
永輝「そうだね……。大学時代に付き合い始めたんだ。それぞれ別の会社に就職したけど、きっとこのままの関係が続いていくんだって安心しきってたんだろうな……。朝は早くから出勤して、企業の決算報告書や有価証券報告書を読み込んで、夜は遅くにしかつかまらない顧客に電話をかけたり話をしたり……忙しくてつい彼女のことをほったらかしにしてしまった。そうしたら、彼女が寂しいのと不安になったのとで、共通の男友達に相談し始めて……いつの間にかそいつとくっついてしまった」
菜々「そんなことが……あったんですか……」
永輝「土曜日の朝に仕事の話をしたとき、〝自分でも取引したいと思うようになった〟って言ったけど、本当は違うんだ。がむしゃらになって働いて、ふと気づいたら大切なものを失っていて……。俺は一体何のためにあの会社で働いていたんだろうって思うと、もうやる気が出なくなってね。情けないだろ」

永輝は投げやりな表情。

菜々「情けなくなんかないと思います。だって、永輝さんだって傷ついたんだから」
永輝「そう思う?」

永輝は菜々を見た。愁いを帯びた瞳が寂しげに菜々を見つめる。

菜々「はい」
永輝「だったら、菜々ちゃんが慰めてくれる?」
菜々「は?」

永輝が片手を伸ばして菜々の頬に触れようとしたので、菜々は反射的にベンチの上を後退った。

永輝「この話をすると、だいたいどの女の子も〝私が慰めてあげる〟って言ってくれるんだけど」

永輝はいたずらっぽく笑った。

菜々(なんなの、この変わり身の速さっ!)

菜々はすっくと立ち上がった。

菜々「じゃ、フレアを教えてください。フレアをすれば夢中になれるんでしょ? 悩まなくてすむんでしょ? それなら今すぐフレアをしましょう!」

菜々に強い口調で言われて、永輝が苦笑しながら立ち上がった。

永輝「残念。菜々ちゃんには通用しないのか」
菜々「当然です。それに、口説かないって約束でしたよ」
永輝「そうだったな。仕方ない、真面目に教えるとするか」

永輝はベンチの上のボトルを一本、菜々に差し出した。

永輝「じゃあ、菜々ちゃんはこっちのボトルをどうぞ。練習用の硬化プラスチック製ボトルだから落としても割れる心配はないよ」
菜々「だから、さっき落としても割れなかったんですね」
永輝「そこから見られていたか」

永輝は小さく舌を出して説明を始める。

永輝「ボトルのネックを、こうやって親指が上になるようにして持つのがレギュラー・グリップって握り方」

永輝の真似をして、菜々も上を向いたボトルをそのまま握った。

永輝「で、こうやって持ったまま、回転をかけるように投げ上げて、落ちてきたところをレギュラー・グリップでキャッチするのをインフロント・フリップっていうんだ」

永輝が投げ上げたボトルをしっかりとキャッチして見せ、菜々はほうっとため息をつく。

永輝「見とれてないでやってごらん」
菜々「あ、はい」

永輝に言われて、ドキドキしながらボトルを握った。

永輝「わ……」

空なのに意外と重い。金曜日の夜に見事なフレアを披露してくれた永輝に隣で見つめられ、菜々は緊張を和らげようと一度深呼吸をした。そして、思い切ってボトルを放り上げたが、回転がかかっているためか、思ったより後方に落ちていく。

菜々「わわわっ」

菜々はよろよろと後ろ歩きしながら、どうにか両手でキャッチした。

永輝「あはは、斜め後ろに投げてしまったみたいだね。これを両手で時間差を付けて投げ上げて、逆の手でキャッチするのがインフロント・クロス」

永輝は右手でボトルをインフロント・フリップし、左手のボトルを斜め右上にインフロント・フリップしてから右手のボトルをキャッチする。そうして投げ上げたボトルを逆の手でキャッチしてはまた投げ上げ……と時間差を付けながらくるくるとボトルを飛ばしている。一本でも苦戦している菜々は、瞬きをするのも忘れて見入った。

菜々「すごい……」
永輝「当たり前だけど、練習したらした分だけ上手になる。だから、俺も暇さえあればここで練習してるんだ」
菜々「何でもそうですよね」

菜々も見てばかりではなくインフロント・フリップに挑戦する。何度かやっているうちに、ボトルの回転の仕方もわかってきて、うまくキャッチできるようになってきた。

永輝「インフロント・クロスもやってみる?」

永輝にもう一本ボトルを渡されて挑戦してみたが、右手で投げ上げたボトルを左手でキャッチする前に、左の手の中のボトルを投げ上げるという、菜々にとっては離れ業ができない。落ちてくるボトルを見ながら投げると、投げたボトルはとんでもないところに飛んで行ってしまうし、かといって投げるボトルを見ていると落ちてくるボトルを取り損ねてしまう。

菜々「んー、難しい!」

悔しがる菜々を見て永輝は楽しそうに笑う。

永輝「そんなに簡単にできるようになられたら、俺の商売あがったりだよ」
菜々「えーっ、もう、悔しいなぁ!」

菜々は落としたボトルを拾い上げたとき、ショーで見た永輝の技から自分にもできそうなものを思い出した。

菜々「永輝さん、フレア・ショーで肘にボトルを乗せてバランスを取ってましたよね。あれは何て技なんですか?」
永輝「これかな?」

永輝は水平に曲げた肘の上にボトルをのせて、バランスを取った。

菜々「はい」
永輝「これはイングランド・エルボー・バランス。で、このまま肘の上でバウンドさせる技はイングランド・エルボー・タップ」

永輝がボトルをひょいと跳ねあげ、菜々の心臓がヒヤリとする。

菜々「ひゃっ」

永輝は何度かタップを繰り返して、レギュラー・グリップでボトルをキャッチした。

永輝「落とすと思った?」
菜々「いえ」
永輝「菜々ちゃんもやってみる?」
菜々「はい!」

菜々は左手でボトルを持って右手の肘の上にのせた。バランスを取るくらいなら簡単だと思ったのに、肘はカーブしているのでのせる位置が悪ければバランスが取れず、意外と難しい。

菜々「あ、とっ……」

菜々がその場でふらふらし、永輝が笑う。

永輝「もっと重心を低くしないと。下半身の強さも大事なんだ」
菜々「そ、そうですよね……」

菜々が肘の上のボトルと格闘している間に、永輝は手の甲でバランスを取るハンド・バランスや、腕の内側でバランスを取るアーム・バランスなどを披露してくれた。

菜々「あーん、悔しい。一つぐらいできるようになりたい!」

ハンド・バランスならできそうだと思ったが、菜々の小さな手の甲でバランスを取るのはなかなか難しい。

永輝「いい感じだよ」

永輝に言われた直後、手の甲からボトルが落ちかけ、彼がひょいとキャッチしてくれた。渡してくれたボトルで再び挑戦する。

菜々「よっ……ほっ、とっ」

菜々はぐらつくボトルのバランスを取ろうとして、妙な声を出す。

永輝「何そのかけ声」

永輝に笑われたが、手の甲の上でキープできて、菜々は誇らしげに笑う。

菜々「でも、できましたよ! 最長記録!」

そう言って永輝を見たとたん、ボトルが大きく傾いた。それをあわてて左手でキャッチする。

永輝「残念」
菜々「どうしよう、すごく楽しい! できるようになると嬉しいですねっ!」

菜々が顔を輝かせて笑うと、永輝も同じように笑った。

永輝「だろ? ついいろいろ研究してしまう。フレアの大会を見に行ったり、DVDやユーチューブでフレア・バーテンダーが公開している映像を見たりして、勉強してる」
菜々「そういえば、永輝さん、大会に出たことないって言ってましたよね。出てみないんですか?」
永輝「俺はまだまだだよ。楽しんで趣味でやってる程度だからきっと予選落ちレベルだって」
菜々「そうかなー。すごく上手なのに」

菜々が残念そうに言ったとき、永輝が川のある西側に目をやった。

永輝「そろそろ日が落ちてきたな」

言われて、菜々も西を見た。大きな太陽が空を茜色に染め始めている。

菜々(夢中になってたら夕方になっちゃった……。永輝さんはバーの仕事があるよね)

菜々は寂しげな表情。

菜々(もう少し永輝さんとお話ししてみたかったな)

永輝「よかったら、菜々ちゃん、うちでメシ食ってく?」
菜々「え?」
永輝「お好み焼きくらいならすぐできると思う。今から空腹で帰るより、食べて一休みしてから帰ったら?」
菜々「じゃあ、お言葉に甘えて。もう甘えてばかりですけど」
永輝「いいよ、一人で食うより二人で食った方がうまい」
菜々「そうですよね、お好み焼きはとくに」

菜々はにっこり笑って歩き出そうとしたが、意外にも脚が疲れて重いことに気づいた。

菜々「あれ、フレアの練習って思ったより脚にきますね」
永輝「だろ? このまま自転車を漕いで帰るのは大変だろうと思ったんだ」
菜々「ありがとうございます」

菜々の胸がほわっと温かくなった。気遣ってくれる人がそばにいてくれるのは嬉しい。

永輝「自転車はこっち」

菜々は永輝の案内でマンションの駐輪場に自転車を駐め、彼とともにエレベーターで三階へ上がった。永輝の部屋は南西に面した角部屋だ。リビング・ダイニングに入ると、淡いブルーのカーテンを通して、オレンジ色の夕日が差し込んでいる。

永輝「さーてと、まずはキャベツを切らないとだな」

永輝がキッチンで手を洗いながら言った。

菜々「手伝います」

菜々は言って、彼に続いて手を洗った。

永輝「じゃあ、これを頼むよ」

永輝がキャベツを半分に切って、菜々に半玉を渡した。それを菜々が千切りにしている間、永輝がキッチンの上の棚を開けて丸いホットプレートを取り出した。それをテーブルにのせて電源を入れて、戻ってくる。

永輝「豚バラ肉と冷凍のエビがあるから、豚玉とエビ玉でいいかな」
菜々「わーい、豚バラ! 私はいつもいつも一番お買い得な豚細切れ肉なんですよね~。家計には優しいけど、豚バラと違って油分が少ないので、焼いたときのカリカリ感が物足りないんです!」
永輝「豚バラでそんなに喜んでくれるなんて嬉しいな」

永輝は目を細めて笑った。
永輝「そ、そうですか?」

菜々(庶民感覚丸出しで恥ずかしいかな)

永輝「菜々ちゃんと一緒にいるとおもしろい。それに気取らなくてすむから楽だよ」

永輝の言葉を聞いて、菜々は眉間にしわを刻む。

菜々「それって喜んでいいんですか?」
永輝「もちろん。ほめ言葉だよ」
菜々「そうかなぁ……」

菜々の不満そうな声に永輝は小さく声を上げて笑った。そして棚から二つの大きなボウルを取り出し、それにそれぞれ小麦粉と卵、水と出汁の素を入れた。そこに山芋をすり下ろして入れ、一方のボウルにはエビも加えてよく混ぜる。

永輝「それじゃ、焼こうか」

永輝がボウルを二つ、テーブルに運んだ。永輝がホットプレートに油を引いて、お好み焼きの生地を丸く広げた。その上に豚肉を広げてのせたら、底が焼けるまでしばらく待つ。

永輝「せっかくだし何か飲もうかな」

永輝は食器棚からシェーカーを取り出した。

永輝「菜々ちゃんは何がいい?」
菜々「せっかくですけど、今日は飲まないでおこうかと……前みたいに爆睡しても困るし、何より自転車を漕いで帰らなくちゃいけないですから」
永輝「泊まっていってもいいのに」

永輝にいたずらっぽく言われて、菜々はドギマギする。

菜々(深森さんってこういうノリの人なんだよね……。いい加減慣れなくちゃ)

菜々の頬が赤くなっているのを見て、永輝がしまった、というような表情をした。

永輝「菜々ちゃんは俺と違ってこういうこと、軽々しく言わないもんな。ごめん」
菜々「だ、大丈夫です。冗談だってわかってますから」
永輝「じゃあ、残念だけど菜々ちゃんは今夜は帰るということで……よかったら、ノンアルコールカクテルを作ろうか?」
菜々「そういうのも作れるんですか?」

永輝はにっこり笑って答える。

永輝「もちろん。カクテルならいくらでも作るって言っただろ?」

永輝はシェーカーに氷とオレンジジュース、レモンジュースとパイナップルジュースを入れて軽やかにシェークし始めた。そうして菜々の目の前でカクテルグラスに注がれたのは、オレンジを帯びた柔らかな黄色いカクテルだ。

菜々「キレイな色。なんて名前のカクテルですか?」
永輝「シンデレラ」
菜々「そんな名前のカクテルもあるんですね~。お店の名前と一緒だ」
永輝「サンドリヨンがシンデレラのことだって、よくわかったね」
菜々「私、第二外国語がフランス語だったんで」
永輝「なるほど。文学部とかだったの?」
菜々「いいえ、経営学部でした」

菜々が見守る中、永輝がフライ返しでお好み焼きの底を少し持ち上げて、焼き加減を見た。

永輝「そろそろいいかな」

そう言って彼がひっくり返した。形を崩さず上下が入れ返ったお好み焼きを見て、菜々は感心したように言う。

菜々「返すの上手ですねぇ」
永輝「そうかな?」
菜々「はい。私もよくお好み焼きを作るんですけど、ひっくり返したとき、だいたいいつもフライパンから三分の一くらいはみ出して垂れて、もったいないことになっちゃうんですよね~」

そのときのガスコンロが無残にも汚れる様子を思い出して、菜々はため息をついた。永輝が笑って言う。

永輝「フライ返しを二つ使ってる?」
菜々「いいえ、一つしかなくて」
永輝「お好み焼き店みたいに二つ使うといいかもね」

やがて中まで火が通ったので、それぞれ半分こにして皿にのせた。ソースにマヨネーズ、鰹節と青のりを振ればできあがりだ。

菜々「いただきまーす」

声を揃えて言って、熱いお好み焼きを口に運ぶ。

菜々「はふっ。れもおいひー」

菜々が焼きたてのお好み焼きを口に入れたまま言うと、永輝が笑った。

永輝「何言ってるかわからない」
菜々「〝熱っ、でもおいしー〟って言ったんですっ」
永輝「想像でわかるって」
菜々「じゃあ、わからないなんて言わないでくださいよー」

菜々(こうやって誰かの笑顔が隣にあるのってすごく久しぶり……。やっぱりいいなぁ。この二年間、一人で寂しく食事をする毎日だったから……)

菜々が笑うと、永輝も笑った。他愛のない会話、ごく庶民的なお好み焼き。特別なものは何もないのに、永輝と二人で過ごすその時間を、菜々は楽しいと思った。

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