優等生の恋愛事情

◆寝ても覚めてもキミのこと

夏休みも残りわずかとなった8月下旬。

僕は久しぶりにロクちゃんの家に来ていた。


「おまえがウチくるのっていつぶりだっけ?」

「春休み以来じゃない? たぶんだけど」


ロクちゃんの家は柔道一家で、今はお祖父さんが道場の師範をつとめている。

子どもの頃は、僕もそこで柔道を習っていた。

僕らはよく「腐れ縁」と言って笑うのだけど、本当にロクちゃんとは長い付き合いになる。

保育園の頃から親同士も知り合いで、小学生のときから泊まりに来させてもらったり。

中学になると、野郎ばっかで集まってはバカなことばかりして遊んでいた。

道場なので門下の人たちの出入りもあるせいか、ロクちゃんの家はオープンな感じがある。

そして、なにしろ男くさい……。

門下生に女性がいないわけではないけれど、やはり圧倒的に男が多い。

でも、その野郎ばかりの集団のてっぺんにいるのは――。


「とりあえず、お袋に挨拶しとくか?」

「うん」


ロクちゃんの母上は、いわば相撲部屋のおかみさんのような存在で。

男たちは陰で彼女を「我が道場に君臨する女帝」と呼ぶ。

さらに、ロクちゃんは「俺らは女帝の圧政に苦しむ可哀そうな民草だ」と自嘲気味に笑う。

まあ、なんとなくわかるけど。

でも、その女帝が切り盛りしてくれるおかげで道場がまわっていることを誰もが知っている。


「あら!諒ちゃん、久しぶり!」

「ご無沙汰しています」


たぶん僕は挨拶や礼儀といったことすべてを、この道場で教わったのだと思う。


「ごめんね、今ちょっとバタバタしてて。泊まっていくんでしょ? 何のおかまいもできないけど、気楽にゆっくりしてってネ」

「ありがとうございます。これ、母からです。いつも同じもので芸がないんですが」


僕は大量のパンが入った袋を手渡した。


「嬉しいわぁ。ありがとね。朝ごはんにみんなでいただきましょう!」


六川家がお気に入りのパン屋で、大量の菓子パンや総菜パンを買うのが手土産のお約束。

元々は泊まりに行かせていただいたお宅に朝食の負担をかけないようという祖母の気遣いだった。

今は「母からです」と言いつつ、僕が自主的に用意しているけれど。

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